(1998年8月)
by Gary Kinder
Ship of Gold in the Deep Blue Sea
−シップ・オブ・ゴールド・イン・ザ・ディープ・ブルー・シー−
「タイタニック・ブーム」の影響か、このところアメリカ人のロマンを刺激してベストセラーになっているノンフィクションが本著です。題名どおり、テーマは紺碧の深海で眠る金銀財宝を積んだ沈没船であり、過去の悲劇的な轟沈シーンから現在の捜索活動や引き上げ作業、そこへ絡んでくる様々な法律問題などが、著者キンダーの筆力によって臨場感溢れる世界として描きだされています。1857年、完成後4年を経た蒸気船S・S・セントラル・アメリカ号は、600人の乗客と彼らが'20年代のカリフォルニア・ゴールド・ラッシュで築いた巨万の富を積み、目的地ニューヨークへと旅立ちました。20トンを越える金塊、金の延べ棒、金貨、当時は立派な通貨であった砂金、そしてそれらの持ち主たちの希望を満載した豪華客船が嵐と遭遇するのは、大西洋岸カロライナの沖合320キロあたりに差しかかった頃です。容赦なく襲いかかる自然の猛威へ対抗する術もない蒸気船が、その勇姿を水中に没した後、乗客のほとんどは海の藻屑と消えていました。
数十人の生存者が記した日記や手紙をたどり、緻密なリサーチを行ったキンダーは、この事件が当時、新聞の第一面を飾る大事故であったこと、あるいは沈没してゆく様子を克明な描写で綴ってゆきます。ナレーション風の語りが事故のインパクトを更に強め、浸水する船内で“浮き”を求め、壁やドアから必死で板きれを引き剥がす男たちの光景など、読者は彼らの生々しい恐怖心で胸を打たれるでしょう。
沈没と同時、海へ飛び込んだ人の大半が死亡するのは、溺死やタイタニックのような凍死でなく、轟沈した船体から勢いよく浮上する破片で打撲死という悲惨なものでした。その情景をキンダーが立体的に描きあげ、血の滲む努力の末、ようやく貯めた財産を使う間もなく、夢もろとも大西洋に沈んだ人々の最期は、まるで写真や映画を見ているかのごとく鮮明なイメージで、読者をグイグイと引き込んでいきます。
悲惨な事故がクライマックスであると同時にエピローグだとすれば、そこへ至る物語は、いわばアクション・アドベンチャーの世界です。ゴールド・ラッシュから130年経過した'80年代後半、若き技師トーマス・トンプソンが海底のどこかに眠る客船と財宝の探索を思い立ち、この冒険談は始まります。投資パートナーを募て資金を集めたトンプソンが、最新鋭のソナー探知機や潜水艦を使って水深3千メートルの海底探索へと乗りだしました。
しかし、成果はなかなか上がらず、地道な努力を続けた成果が実るのは1年後のことです。セントラル・アメリカ号らしき船体をソナーでキャッチしたクルーの歓喜もひとしおでした。そんな彼らの前に、大西洋の波を掻き分けて現場へ急行した商売敵の引き揚げ船が姿を現わします。かつて、金銀財宝を巡る争いを繰り広げた海賊のごとく、現代社会の海賊(?)である弁護士まで参入し、事態は複雑な方向へ転回してゆくのです。ゴールド・ラッシュ当時と、あまりにもかけ離れたハイテク「宝さがし」、そして、どん欲な大企業や保険会社の雇う弁護士たちが繰り広げる「金欲」渦巻く泥試合の中、物語は「陰謀(コンスピラシー)」の様相を帯び始め・・・・・・
ドキュメンタリー映画のように綴られる文章は、トンプソンの潜水艦へ搭載されたハイテク・カメラが捉える海底の異様なイメージをくっきり描き出します。100年以上の間、苔と貝で浸食された残骸に輝く金塊の山、カリフォルニアの大地から発掘された10億ドル相当の財宝が自然の猛威で地上から姿を消し、科学の力によって再発掘されるところへ何か因縁めいたものを感じずにはいられません。
かつて金鉱を掘った人達の夢が海底へ沈み、130年の眠りから覚め、現代の「法廷」に舞台を変えて息づいていることを思えば、人間性というものへ不思議な想いを抱かせる、そんな著書なのです。哀愁を誘う「タイタニック」に通じる悲劇と、「宝島」の胸躍る冒険談の要素、そこへ現代社会の法廷闘争といった、いろいろな角度から楽める本著は夏の暑い夜に最適でしょう。ぜひご一読ください!
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(1998年8月)
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