スホーイ
Su-27 フランカー

Su-27 フランカーは、旧ソ連時代の1969年にスホーイ設計局が開発を始めた大型戦闘機で、それは米国空軍が長距離戦術制空戦闘機(後のF-15 イーグル)の開発へ着手したちょうど1年後のことであった。高い格闘戦能力と長い航続距離を両立するというコンセプトは共通しており、実用配備はF-15より10年以上も遅い'85年になってしまったが、時間をかけたぶん完成度は高くなり、当時のあらゆる西側戦闘機を上回る性能を発揮するのだ。

中でも運動性能が驚異的に高く、そこへ強力なエンジン・パワーが加わった上、さらにソ連戦闘機の弱点とされてきた電子機器も高い能力を備えるなど、バランスの取れた高性能機と評価されている。

Su-27の最初の量産タイプとなった制空戦闘機型のフランカーBは、全長21.9メートル、全幅14.7メートルで、大出力ターボファン・エンジン2基を搭載、最高速度がマッハ2.35だ。航続距離は1,500キロを超え、最大探知距離240キロの高性能レーダーとR-27ミサイルの組み合わせで、高い対空戦闘能力を持つ。主翼と一体成形のボディーや2枚の大きな垂直尾翼など、F-15と極めてフォルムが似ているのもF-15をライバルと認識して開発を進めてきた結果だろう。

Su-27は求められたコンセプトを実現するため、基本設計を何度も練り直し、量産タイプが原型機とまったく異なる機体へ生まれ変わっている。拙速を避けて地道な開発を進めたことが高い基本性能につながり、21世紀へ入っても通用する戦闘機に育つ下地となった。

ソ連崩壊後、ロシアの軍需産業は衰退する中で民間企業となったスホーイが生き残れたのは、Su-27とその発展型が中国やインドで主力戦闘機として採用され、外需で食いつなげたことは大きい。また、大型で余裕がある機体は発展改良型の開発が容易で、ユーザーの要望を受けて臨機応変に新型を生み出せることは、なんといってもSu-27の強みだ。



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