スター・コレクション・ポスター集
    −エドワード・ノートン

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SHJ037
Rounders

ラウンダーズ

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STC220
American
History X

アメリカン・
ヒストリーX

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STC221
Keeping
the Faith

俺たちの
アナ・バナナ

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STC222
Down in
the Valley

ダウン・イン・
ザ・バレー

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STC223
The Score

スコア

メリーランド州コロンビア市で1969年8月18日に生まれたエドワード・ノートンは、父親がジミー・カーター大統領時代の連邦検察官を務めるという堅い家庭で育ちました。その影響もあり、高校(ハイスクール)卒業後はアイビーリーグの名門エール大学史学科へ進み、本格的な演技を地元のコロンビア演劇学校とニューヨークのT・シュレイバー・スタジオで学んでいます。

そんなノートンですが舞台デビューはあんがい早く、「アニーよ銃をとれ」で初めてプロとして舞台に上がったのが8歳の時です。その後、「ピッピン」、「ピーターパン」、「ゴスペル」と続き、エール大在籍中は同校の舞台へも立つ他、ニューヨークに移ってからは、しばらくオフ・オフ・ブロードウェイで下積み生活を送り、「フラグメント」に抜擢されたのが1994年でした。

そして、銀幕デビュー作「真実の行方(1996年)」では緊迫した演技が注目され、早くもアカデミー助演男優賞へノミネートされるのです。そして、アカデミー賞は逃しますが、L・A批評家協会賞とゴールデン・グローブ賞を獲得します。同年、ノートンはあと2作で弁護士役を演じており、そのうちの1作がドリュー・バリモア主演のウッディー・アレン監督作「世界中がアイ・ラブ・ユー」で、もう1作はハスラー誌の創設者を描いた異色作「ラリー・フリント」です。

続く「アメリカン・ヒストリーX(1998年)」でも、体重を10数キロ増やしての演技が注目され、再びアカデミー助演男優賞候補に上がり、また、この年は「ラウンダーズ」でマット・デイモンと共演して好評を博します。翌1999年はブラッド・ピットとの共演作「ファイト・クラブ」がヒットしました。

2000年には「俺たちのアナ・バナナ」で主演の他、共演のベン・スティラーと初めて監督へ挑戦します。それからロバート・デ・ニーロとの共演作「スコア(2001年)」を経て、いよいよ忙しくなるのが2002年です。サルマ・ハエックとの共演作「フリーダ」、「羊たちの沈黙(1991年)」の続編「レッド・ドラゴン」、スパイク・リー監督の犯罪ドラマ「25時」の他、「デス・トゥ・スムーチー(2002年)」では子供向けTV番組で人気の着ぐるみキャラクターを演じます。

その後もシャーリーズ・セロンとの共演作「ミニミニ大作戦(2003年)」、リドリー・スコット監督作「キングダム・オブ・ヘブン(2005年)」、エヴァン・レイチェル・ウッドとの共演作「ダウン・イン・ザ・バレー(2005年)」、ジェシカ・ビールとの共演作「イリュージョニスト(2006年)」と、コンスタントに活躍を続けてきました。

今年(2008年)の封切り予定作としては、コリン・ファレルとの共演作「プライド・アンド・グローリー」や「ハルク(2003年)」の続編「インクレダブル・ハルク」などがあり、中でも後者は1作目がアン・リー監督とその大型予算で話題を呼びながら興行成績は思わしくなかった結果、スタッフを一新しての2作目という曰(いわ)くつきだけあって、どのような作品が仕上がるのか興味は尽きません! (2008年1月)

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