映画とダウンロード
映画館で本編の前に予告編が流れるのはアメリカも日本も変わらないが、ロサンゼルスの映画館では予告編ばかりでなく、アメリカの映画ファンならお馴染みの某CMから幕を開ける。どのようなCMかといえば、スタントマンが自分の仕事のことやカーチェイスのシーンで爆弾を使って車を宙へ飛ばすスタントの説明をした後、映画はそうした裏方の努力の結晶でもあり、それをインターネットからダウンロードすることがどれだけ間違っており、彼らにとっては死活問題であると訴えかけるだ。
respectcopyrightsの
ホームページスタントマンが登場する前の初代キャラクターは、セット・ペインターと呼ばれる映画の大道具専門のペンキ屋兼絵描だった。どちらも超ロングランのCMなので、たとえアメリカの映画ファンが馴染みたくなかろうと選択の余地はない。そして、「www.respectcopyrights.com」というホームページ(右の画像)のアドレスが表示されて、この映画の海賊行為反対キャンペーンCMは幕を下ろす。
ホームページを見てみると、それがインターネットにおける映画の著作権法違反(公衆送信権の侵害)を阻止する目的なのは一目瞭然だ。つまり、以前、別のコラムでご紹介したWinnyとWinMXが日本で逮捕者を出した事件と本質的な部分はなんら変わらない。京都府警のやり方がアメリカなど海外で通用するかどうかはさておき、彼らがインターネットへ非合法なコンテンツを配布したユーザーやWinnyの開発者を逮捕したのは、いわば一般ユーザーに対する「見せしめ」の意味がある。アメリカの場合、同じ「見せしめ」でも日本よりシビアーだ。
たとえば今年の5月、最新情報「海賊版製作のお値段は?」でご紹介したアメリカの逮捕者は海賊版をインターネットへ流した張本人であり、日本の逮捕者のような横流しにしたユーザーと質が違う。横流しをするだけのユーザーなら、その数は何十万人単位というのが現実であり、捕まった日本の逮捕者は運が悪かったといえるだろう。捕まえた京都府警とて、たまたま非合法なユーザーをモニターした中から彼らを選んだだけの話である。しかし、非合法なユーザーの多くは、こういった現状すら自覚しない若いコンピュータ世代であるため、それで解決できるほど簡単な問題ではない。
インターネットが生活の一部として育った子供は、そこからダウンロードできる映画へ罪の意識が持てないのは当然だ。そうなると親の教育が重要でありながら、コンピュータと馴染まない親には子供が何をしているのか理解できず、このギャップへ焦点を当てた映画の海賊行為反対キャンペーンを展開するrespectcopyrightsのホームページは納得できる。つまり、子供を教育できるよう親を教育するのが彼らのアプローチだ。「あなたの子供はインターネット上で氾濫する非合法な映画をダウンロードしていると、ご存知ですか?」・・・・・・この調子で問いかけ、それが著作権法違反の場合は莫大な損害賠償責任を負う羽目となり、子供が扶養家族であればその責任は親が負担しなくてはならない可能性を認識させる仕組みとなっている。
では、実際のところ海賊版がどのていど氾濫しているかといえば、現状はそうとうシビアーだ。たとえば、左図は先の合法的ファイル交換ソフトWinMXで、この夏のブロックバスター「Spiderman 2」を検索してみた結果だが、なんとダウンロード可能なVideoファイルは500以上もある。もちろん、中身が壊れていたり違う映画だったりと保証はない。しかし、これだけの数があれば希望通りのファイルをダウンロードすることに、まず問題はないだろう。
WinMXで「Spiderman 2」を検索してみると?ブロックバスターの場合、映画館の大スクリーンで見てこそ価値があり、ダウンロードはしなかったが、500件以上の検索結果はそう考えないユーザーがどれだけ多いかを物語っている。また、海賊版をダウンロードするのは、それなりの苦労を伴う。DSLのような高速回線を使い、なお映画1本のダウンロードで長ければ2〜3日かかり、ようやくダウンロード出来たファイルが壊れていたり違う内容だと、最初からやり直しだ。
そうまでするぐらいなら、ふつうは映画館へ行ったほうが早い。それを、あえてインターネットから海賊版をダウンロードし、かつ小さな画面で満足するユーザーは、大きく分けて2つのタイプが考えられる。1つは若い学生といった、ただでインターネットを使える環境でありながら映画館の入場料が負担になるタイプだ。もう1つのタイプは、映画好きのコンピュータ人間で、海賊版のダウンロードそのものがいわばチャレンジなのである。
某映画の海賊版で被害はいくらという類のニュースをよく耳にするが、額面はあまり信憑性がない。それらは、ふつうユーザーが海賊版の代わり映画館へ行ったりビデオやDVDを買ったらという前提で算出されている。しかし、ただでインターネットを使える環境でありながら映画館の入場料が負担になるタイプのユーザーは、海賊版をダウンロード出来ないからといってスタジオの興行収益へ貢献せず、海賊版のダウンロードそのものがいわばチャレンジのユーザーしかりだろう。
こうした現状は、裏返して考えると京都府警がいくらがんばってもインターネット上で映画や音楽の海賊版の繁殖は食い止められるはずがない。本気で食い止めたければ、唯一有効な方法はコンピュータの進化を止めることだ。MP-3の登場がインターネットの高速化と相まって音楽業界を根底から揺さぶり、さらなるインターネットの高速化は同質のインパクトを映画業界へ及ぼしつつある。そもそも、インターネットやコンピュータの急激な進歩が今の著作権問題を引き起こした。
インターネットの接続に電話回線を使っているユーザーは、スタジオが心配しなくとも海賊版1本のダウンロードで1ケ月やそこらをかけようとはしないだろう。いっぽう、DSLのような高速回線を使うユーザーなら、ちょっと試しにインターネットを検索するとダウンロード可能な映画が氾濫している。その大半は著作権を侵害する非合法な海賊版かもしれない。だが、インターネットからダウンロードできる以上、自分で見る限り非合法かどうかは関係なく、配布しているほうが悪いのだ(厳密には、もちろん海賊版のダウンロード自体も違法であるが)。
取り締まる側へもっと厄介なのは、かつてレコードがビニール版であった頃の海賊版と違って、インターネットからダウンロードできる非合法なコンテンツ(音楽や映画)は、ほとんどが売っているわけではない。もし、それで儲けていれば、脱税を摘発するのと同じく、金の流れを追ってゆくと不正行為が浮かび上がる。しかし、儲けていない相手の不正行為は、そう簡単に白黒をつけられない。
「アイ・ロボット」で登場する
夢見るロボット誤解のなきようお断りしておくが、私は決して(非合法な)映画のダウンロードを奨励するつもりもなく、ただ我々がコンピュータの進化へついていけない現状を言いたいだけだ。SFの大家アイザック・アシモフによる短編小説を映画化した「アイ・ロボット」は、「スパイダーマン2」と並ぶこの夏のブロックバスター作である。そこまでロボットが進化するのは、まだまだ先の話だとしても、かつてアシモフが作中で問いかけた疑問は、ロボットをコンピュータへ置き換えると今や現実問題なのだ。
そして、ウィル・スミスがロボットを操るコンピュータと戦い、相手を打ち負かした映画のようには行かないのが現実である。しかし、すべての物事には裏表があり、インターネットから映画をダウンロード(およびアップロード)できるという状況は、素人(アマチュア)の映画製作者へ新たな可能性が広がったことも忘れてはならない。コンピュータの進歩で映画製作が身近になったら、次は完成した映画をどうやって見せるか?・・・・・・そこで威力を発揮するのがWinMXやWinnyなどのファイル交換ソフトであり、こういった使い方へこそソフト本来の意図はあるのだと思う。
たとえば、親から借りたビデオカムで裏庭の蜘蛛を撮り、それを編集して「Spider」という自作映画を完成したとする。この映画ファイルをWinMXやWinnyのアップロード・フォルダに入れておけば、とりあえず「Spider-Man」や「Along Came a Spider」などを検索したユーザーがダウンロードしてくれるかもしれない。当然ながら彼らは思い通りの中身かどうか確認する必要があり、多かれ少なかれダウンロード・ファイルへは目を通す。たとえユーザーが予期せぬ内容であろうと、あるいはそれが素人の自作映画であろうと関係なく、興味を持ったら彼らは見るだろう。つまり、どこまで相手の目を引きつけられるかが配布側にとっては勝負である。
よほどの才能がない限り、こうした一般ユーザーの目にとまるような自作映画の完成は無理だが、以前は才能があってもそれを活かす土壌は限られていた。また、ふつう才能がある者は、ない者が数多く登場した後まで現われない。その点、最近はファイル交換ソフトで自作の曲、写真集、詩、絵画、小説などを公開する素人(アマチュア)ユーザーが増えているのは好ましい傾向である。加えて、自作映画のヒット作も生まれシリーズ化されたと聞けば、京都府警をはじめ「後ろ向き(ネガティブ)」なニュースばかり聞かされているだけに、ようやく「前向き(ポジティブ)」な姿勢が嬉しい。
さあ、今後ダウンロードできる合法的な映画の中から次世代を担(にな)う映画人はいつ誕生するか!?
横 井 康 和