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(2019年4 月)          


サカナとヤクザ
暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う

by Tomohiko Suzuki


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 本著は「潜入ルポ ヤクザの修羅場(2011年)」や「ヤクザと原発 福島第一潜入記(2014年)」など、暴力団に関する潜入ルポで知られる鈴木智彦が、サカナとヤクザという意外な組み合わせのテーマでまとめた最新作です。鈴木は、「サカナを食べるとヤクザが儲かる」・・・・・・この嘘のような本当の話を、足かけ5年に及ぶ徹底した現場取材で明らかにしてゆきます。築地市場への潜入記から密漁団への突撃取材まで、緊迫感に笑いを混じえた独特の現場描写こそ、本書の読みどころでしょう。

 まず第1章はややスロー・テンポながら、第2章の築地での潜入取材へ入るとどんどん頁(ページ)が進み、最後まで一気に読んでしまいます。表現もわかりやすく、北海道漁業の闇の部分などもしっかりと書いているところは、既存のメディアの安易で無責任な報道と違って、身体を張った取材をするジャーナリストの素晴らしいところです。北海道の項目で感じたのが、ヤクザも警察も海保も同類であり、机上で規程を作ってる役人へは絶対わからない現場の重さ。1980年頃の「北方領土の日」設定は、こういうことなんだと考えさせられました。

 アワビ、ナマコ、カニ、ウニ、ウナギなど日本人の口にしている海の高級食材の大多数がじつは密漁品であり、その密漁ビジネスは暴力団の巨大な資金源となっています。その実態を突き止めるため鈴木がとった方法は、築地市場への潜入労働をはじめ、北海道から九州、台湾から香港までの突撃取材です。公然の秘密とされながら、これまで詳細が報道されたことはほとんどなく、まるでアドベンチャー・ツアーのような取材だったといいます。

 鈴木自身が「まえがき」で述べているのは、「ライター仕事の醍醐味は人外魔境に突っ込み、目の前に広がる光景を切り取ってくることにある。そんな場所が生活のごく身近に、ほぼ手つかずの状態で残っていたのだ。加えて我々は毎日、そこから送られてくる海の幸を食べて暮らしている。暴力団はマスコミがいうほど闇ではないが、暴力団と我々の懸隔を架橋するものが海産物だとは思わなかった。ようこそ、21世紀の日本に残る最後の秘境へ――」ということです。

 私たちが食べている密漁水産物は、年間、どれぐらいの量なのでしょうか? 本書によればシラス(ウナギの稚魚)業界は「闇屋が跋扈(ばっこ)し、国際的なシラス・ブローカーが暗躍し、暴力団の影も見え隠れする。全国で暴力団排除条例が施工され、企業コンプライアンスの重要性が認知された現在、ここまで不正が常態化し、不透明な業界も珍しい」そうです。シラスといえば、ロサンゼルスのスペイン・レストランでもアヒージョへ欠かせない食材ですが、スペイン以外の多くの国では獲ることが禁止されているため、イミテーション(カニに対するカニカマみたいなもの)を使っています。スペインから取り寄せた本物もあるとはいえ、目が飛び出るぐらいの価格を覚悟しなくてはなりません。

 そんなシラス絡みで、宮崎県はウナギ取引の透明化に動いた最初の自治体ですが、県の許可した最大漁獲量の10倍ものシラスが流通し、その9割が公定価格よりも高く売られているといいます。ウナギ業界の闇の深さがわかろうというものです。「稀少」なウナギのシラスの産地台湾が日本向けの出荷を禁止した後、迂回して香港から何ごともなかったかのごとく入ってきています。一時期ウナギが食べられなくなるかもしれないと騒がれながら、スーパーへ行けば年間をとおしてウナギを売っており、ファストフード・チェーンでも食べられる・・・・・・不思議なことですね!

 日本の漁業と反社会的勢力との関係の深さには、日本特有の事情も関連しているみたいで、「漁業権」というのは日本でしかない独自の法律なのだとか。つまり、海が村の前にあればその村の住民のもの、という考え方です。諸外国ではそうした概念がなく、操業許可を与えられた漁船は決められた海域内で海産物を獲ります。明治維新後、漁師町の慣習や掟を明文化する形で漁業の法整備が行われ、戦後は漁業権を漁業協同組合が引き継ぐかたちでシステムは温存されました。この組合を手なずけて銚子を「暴力の港」とした「東洋のアル・カポネ」こと高橋寅松(高寅)の話へも、まるまる一章が割かれています。

 本著を読むまでは、日常、私たちの口にしているものが、ここまで違法や脱法まみれてとは想像もしていませんでした。数々のヤクザ関連取材をしてきた著者でさえ、「まるでアドベンチャー・ツアーのような取材だった」と驚きを隠せません。密漁が完全に日本の漁業のエコシステムの一部となっているため、徹底的な取り締まりができず、さらにいえば乱獲や産地偽装を「やめる」インセンティブは業界へ存在しておらず、消費者も共犯だというのです。あまりに根が深く、複雑すぎる問題。AIもVRもドローンもビッグデータも何の役にも立たない「秘境」は、漁業の他、きっとまだまだあるのでしょう。


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