コンコルドは翔んでゆく
作家という職業を続けるうち、無意識に人を観察する癖がつく。たとえばヨーロッパの帰り、ロンドンからコンコルドでニューヨークへ飛んだ時のことだ。搭乗ゲートに着くと、そこはちょっとしたパーティー会場風である。キャビアをつまみ、シャンパンを味わいつつ、あたりを窺う。
女性を除き、ほとんどの人間が私より年配で、みんなおとなしい。着ている物は高価そうでも、背広姿が意外と少なく、シェイプアップされた体型のみ共通している。搭乗時間となり、細長い機内へ落ち着くや、隣では白髪の老人が鞄を開けて書類と睨めっこ。白いポロシャツにブルーのカシミア・セーター、グレーのスラックスでリラックスした態度が、自信のほどを現わす。
ヒースロー空港で待機中のブリ
ティッシュ航空SSTコンコルド機
また、前後を見渡せば、ほとんどの乗客は仕事へ没頭している。いやはや、日本人が働き過ぎなど言うのもおこがましい情景だ。金で時間を買えるものなら、額面にこだわらない連中ばかりらしい。中には女性同伴客がいるかと思えば、やはり仕事優先、同伴者はひっそり座っている。随分年齢差がある彼らの関係は?・・・・・・つい、勘ぐってしまう。
まもなくコンコルドが離陸すると、正面のデジタル電光盤へ赤く表示された数字は現在速度だ。超音速飛行が出来るのは内陸を離れた後なので、しばらく3桁の数字が続く。海上に出て音速へ達したとわかるのは、3桁が1桁に変わるだけ。実感はなくても、マッハ表示を見れば結構興奮する。なかなか心憎い演出だ。
ゆったりとしたグレーの革張りシートへ身を沈め、シャンパンを飲むうち、食事のサービスが始まる。通路を挟んでシートは左右2席づつ、私の席がほぼ中央だ。前後それぞれ10列前後しかないとはいえ、通路はワゴンが通れば目一杯の幅しかない。わずか数人の添乗員は全員、駆け足で働いている。注文したシャンパンがなかなか来なくとも、最初はむしろ彼らへの同情心が強かった。
しかし、何度か言って無視されれば、いよいよ我慢できず、「日本人を差別しているのではないか?」などと、妙な疑問さえ浮かぶ。内心、「よし、今度来たら文句を言ってやるぞ!」・・・・・・身構えた私だが、突如、目の前に包みを差し出され、
「これは私達からの些細なプレゼントです。シャンパンも、すぐ来ますから」
パーサーらしき男が立ちはだかると、返す言葉はない。こっちが苛々しているのを知りながら忙しく、爆発しそうな気配を感じて先手を打ったわけだ。包みの中身は、やはりシャンパンである。ここまでやられちゃ私の負け、さすがコンコルドの添乗員と感心してしまう。
ファースト・クラスの上を行くだけ、コンコルドの機体は元より、乗客から添乗員まで並じゃない。ハード面でもソフト面でも、しっかり堪能させてくれた。一方、ニューヨークへ着くまで、予想に反してスピード感がないと思いきや、いざ着いて3時間しか経ってないのは、やはり驚きだ。
コンコルド専用の税関で順番を待つ間、改めてマッハの威力を痛感しつつ、ふと前の男へ目をやる。数少ない背広組で、まだ若い。ほんの少し私より年上の、そのビジネスマンが持つ鞄には、航空会社の手荷物タグがビッシリぶら下がっており、それはすべてブリティッシュ航空「コンコルド」のものであった。どんな職業か知らないが、彼もまた「生き甲斐は仕事だけ」といった類の人間に違いない。
横 井 康 和
このエッセイは、“US JAPAN BUSINESS NEWS”の別冊“パピヨン紙”に、“ヨコチンの−痛快−大旅行記”として連載されたものの一部です。 |