昼下がりのピカデリー・サーカス (下)
ロバートが宝石商で自分の店を持っているのは知っていたが、まさか「バーリントン・アーケード」の中とは夢にも思っていなかった。地下の応接間へ通されてお茶を飲むあいだも、まだショックの余韻が醒めやらぬ。その横ではロバートが自宅に電話をかけている。ザッと状況を説明してから、彼は受話器を差し出す。受け取った私の耳へ、レスリーの懐かしい声が飛び込む。
メキシコの海岸でのショット
話を聞くと、彼女はモデルの仕事で2週間ほどスイスに行って帰ったばかりらしい。ロバートも宝石の仕事で同行したというから、電話番号を持っていようが、昨日は留守で連絡が取れなかったわけだ。いやはや、偶然とは恐ろしいものである!
ともあれ、状況が変わったので、いったん私はホテルへ戻ることにした。ハイド・パーク脇のホテルへ着くと午後4時半、急いでシャワーを浴びて着替えるなり部屋を飛び出す。ほんの2〜3時間前まで知らない街をのんびり散歩気分でいたのに、気がつけばいつもの慌ただしいペースとは、いったいなぜだろう?
地下鉄(チューブ)で最寄りの駅へ着いて電話をすると、間もなくレスリーがミニのワゴンで到着、まずは買物につき合わされる。しばらく会わないと積もる話がありすぎて、野菜などを買い込み彼らのフラットへ向かう途中も話題は尽きない。助手席で彼女の運転を懐かしみつつ、世間話に熱中していると、
「3ケ月前からスイス人の居候がいるんだけど、彼女はフランス語しか喋れなくて・・・・・・」得意のガールズ・トークが始まった。どうやら釘を刺そうとしているようだ。お互い、十代からのつき合いだけ、たとえ結婚しようと人を自分の物だと思っているんだろう・・・・・・女ってやつは!・・・・・・着いてみると、予想通り可愛い娘(こ)で、まだ19歳、ロバートの商売仲間が英語を勉強させるため預けたらしい。そこそこは英語を喋り、その辿々(たどたど)しい口調がなんともいえず新鮮ながら、しばらくはレスリーへ敬意を表して昔話に花を咲かせるうち、ロバートが帰って来る。
みんなで相談した結果、おもてへ出るのはやめてロバートが料理の腕を奮(ふる)うことになり、準備も整いあとはオーブンのポークが焼きあがるのを待つだけ。そこへ電話をかけてきたのは彼らの友人でトム、以前からデザートに誘われていた相手だそうだ。タイミングとしては、招待を受ければデザートを食べ終わる頃、ちょうどポークが焼き上がる。この際、順序は逆でもよかろう、と4人の意見が一致した。
トムの住まいは車でたった数分の距離らしく、ゆっくりデザートを食べる余裕ぐらいあったはずが、すっかり話は弾(はず)み、まだフォークも出ないうちにポークが焼きあがる時間となり、われわれ4人はあたふたとフラットへ戻る。食前のデザートこそ食べ損ねたが、ディナーのほうは申し分なく、ロバートの腕を見直した。昼下がりの「にわか雹(ひょう)」以来、落着く暇もなかったのが、ようやくまともなテンポに戻った感じだ。また、レスリーとロバートはキッチンで何やら話し込んでいるのをこれ幸いと、居間(リビング)で19歳のスイス人へ話しかけ、盛り上がり始めるや、しっかりレスリーが割り込んでくるとは!・・・・・・やれやれ!!
みんなの胃袋が収まったところで再びトムの家に向かう。今度こそデザートを食べ、コーヒーや食後酒を味わいながら時間は楽しく過ぎてゆく。気がつけば深夜を回っており、われわれ4人はトムたちと別れ、そのままホテルへ送ってもらう。途中、もう少しロンドンで滞在するよう2人が引き留めてくれるのを丁重に断り、翌朝、私はニューヨークへ発った。わずか2泊3日の旅で終わったが、初めて訪れたロンドンは私にとって生涯忘れられない想い出を残してくれたのである。
ここまでが当初の予定で、いざ書きだすと、そうはいかなくなった。1回で完結させるはずを「上」、「下」と分けたのも、過去の想い出へ後日談が加わったためだ。エッセイの構想は何ケ月か前に出来上がっており、それを頭の中であれこれ考えつつも現実感が伴わない。いわばフィクションの筋書きを考える感覚といえよう。文章をまとめ始めるや、より鮮明な記憶は蘇るものの、しょせん過去の限界がある。このエッセイをまとめ始めた時も、その点は変わらない。
かなりの歳月を経た今、当時の様々なシ−ンが脳裏へ浮かぶ。まる1年レスリーとは会っていないので、どうしているかも気にかかる。そう思いながら、最初の節(パラグラフ)を書き終えたか終えないうち、電話のベルが鳴り、受話器を取ると相手はレスリーだった。1年振りで聞く声が懐かしい。去年の1月同様、メキシコへ旅行の帰り、L・A(ロサンゼルス)に立ち寄ったところらしく、さっそく会う。
例のごとく積もる話で花を咲かせる一方、彼女はメキシコの写真を見せてくれた。ビーチで寝そべったり、リゾートっぽい様々な背景と衣類やポーズもバラエティーに富んでいる。ところが、そのほとんどは読書中なのだ。妙なバランスがおかしかった私は中の1枚を貰い、それが冒頭の写真という次第!
横 井 康 和
このエッセイは、“US JAPAN BUSINESS NEWS”の別冊“パピヨン紙”に、“ヨコチンの−痛快−大旅行記”として連載されたものから抜粋し、加筆再編したものです。 |