レスリーの東南アジア巡り (その3)
「Wah!」
私は真新しい香港国際空港へ降り立ったところだ。非常に近代的な空港ターミナルで、まず両替とホテルの予約を済ませ、地図や観光情報を仕入れる。ここから香港市内へ入るには、いろいろな方法があり、私の選んだシャトルバスでは、飲物や新聞、そしてタイム誌などを車内販売していた。
途中、窓から眺める香港の景色がニューヨークの摩天楼を彷彿とさせる。香港島と本土を結ぶ吊り橋は素晴らしく、シドニーやサンフランシスコのそれと同じく胸を打つ。近代的な高速道路の下を、あたかも新しい時代へ飛び越そうとするかのごとき古びた漁船が、鮮やかなコントラストを織りなしている。
東南アジアの後、ロサンゼ
ルスへ立ち寄ったレスリー
ホテルをチェックインした後はショッピングだ。しかし、私が買おうとした物は、まるでアジアに存在するはずがないと思わせるほど、どこへ行っても見つからない。がっかりした私は、休憩がてら、ひとまず道端のレストランに入る。店先へ並んだチャーシューが美味しそうだった。
テーブルに着くと、すぐ向こうではコックが豚らしき調理済みの頭へ包丁を入れている。調理済みとはいえ、まだ歯もついたままなので迫力満点の眺めだ。忙しく出入りする客たちが脂ぎった豚やダックを買ってゆく。それを見ながら食べ始めたチャーシューは、あっさりして予想以上に美味しい。
ただ、なんといってもここアジアは「ランド・オブ・トゥースピック(爪楊枝の国)」である。くわえタバコで調理をするコックたちの口元が危なっかしく、食事を満喫したいなら、慣れるまではそちらを見ないほうが賢明だ。もっとも、爪楊枝(くわえタバコ)といえば、ハノイのお寺の儀式で見たダンサーは一枚上手だった。くわえタバコで踊っているのだから! そして、彼女が踊っている間、寺の坊主はタバコを吸いにおもてへ出る・・・・・・2人がプロフェッショナルの信者であることは言うまでもなかろう。
話を香港のレストランに戻し、私の食べっぷりへ好感を持ったのか、コックの満足気な笑みに見送られて店を出る。内心、私が間違って入った変な外人だと思っているのは、ほぼ確実だ。
その翌日、かねてからの予定どおり、英領事館へ中国古来の有名な彫刻を見に行く。ところが、係員は祭日なので公開していないと言う。ショッピングとこれが目的で香港を訪れながら、どちらも駄目では救いようがない。事情を説明し、なんとか見せてくれるよう頼みこんだ結果、ようやく許可された。それも警備主任の護衛付きである。
ただ、警部主任いわく、私はタイミングが悪い時に来たらしく、彫刻のある庭は改装工事中で、そこら中が掘り起こされていた。しかし、私は移動するため分解された彫刻の一部を見られたので満足だ。もちろん、これだけの文化事業となれば、各行程をビデオ撮影しており、ついでだから私も警備主任へ記念写真を撮ってもらう。
領事館を出た私は歩き始める。坂道を上ったり下ったり、しばらく散歩を続けるうち、正面に丘が見えてきた。そこから見下ろす入り江の眺めは、きっといいに違いない。どういうわけだか、ハノイ以来、つきまとうどんより曇った天気の中、急な坂道を上り始める。そして、ようやく頂上へ着いた私が見たものは、なんと大規模なショッピング・センターなのだ。もっとも、場違いだからと驚くには至らない。私が訪れた範囲内では、世界中のどこより「ショッピングの街」と呼ぶに相応(ふさわ)しいのが香港である・・・・・・そう、ここはシリアスな物質文化の地、ひとまず精神文化を忘れ、ショッピングへ挑むべきかもしれない!?
香港国際空港を発つ直前、私はキャセイ・パシフィック航空のエグゼクティブ・ラウンジで搭乗手続きが始まるのを待っていた。たまたまラウンジの設計者であるポウソンや、その曰くを紹介した小冊(パンフレット)を見つけ、読み始める。読み進むうちラウンジの施設はここだけでないことがわかり、ほかの場所も見たくなった。
快く案内してくれる係員のあとから施設全体を見て回ると、水やガラスや石、そして光や影を巧く組み合わせた設計はなかなかのもので、花崗岩をくり抜いた洗面台を間接照明が下から照らし出す趣向など、一見の価値はある。図書室まで備わっており、大半がアートやファッション関係の本だ。中にはポウソン自身の著書も混ざっているところをみると、それらの本を選んだのも彼なのだろう。
図書室を除けば、ほとんどがビジネスのための施設で、レストランなどはやや寒々とした雰囲気だ。しかしながら、そのレストランでさえ、使い心地が良さそうな一流の調度品や光と影のバランスは絶妙である。一休みしたいならベッドも完備されており、そこにあるバスタブがやはり花崗岩という具合・・・・・・この場所を見つけたおかげで、出発前の僅かな時間を有意義に過ごせたことは、初めて訪れた香港の印象へ随分貢献してくれた。さあ、長かった東南アジア旅行も日本を残すのみだ! (完)
レスリー・ロウ