映画と言葉


刑事(ルーテナント)
コロンボ

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 私が書いているのは、いわゆる「娯楽(エンターテイメント)小説」だが、ジャンルで分けるなら犯罪小説になる。それも主な舞台はアメリカであり、英語から訳した言葉を使うことも多い。そうすると日本語の表現で、つい引っかかってしまう時があるのだ。また、欧米の犯罪小説の翻訳や映画の字幕を見ると、微妙なニュアンスがどうしても原作と違う。そこで、今回のテーマは「言葉」だ。ある程度の知識があれば翻訳や字幕を見ても、より元のニュアンスをつかめるだろうから・・・・・・

 私の処女作「天使達の街」は私立探偵が主人公である。私立探偵を英語で「プライベート・インベスティゲーター(Private Investigator)」、略して「PI」もしくは「プライベート・アイ」という。後者の場合、アイはインベスティゲーターのイニシャルに「(Eye)」を引っかけてあり、それをもじって、
 「れいの『プライベート・イヤー』がうるさく聞き耳をたてやがる」などの台詞も出てくるわけだ。

 小説や映画の世界で有名なPIといえば、ミッキー・スピレインの「マイク・ハマー」かレイモンド・チャンドラーの「フィリップ・マーロウ」と相場が決まっている。同業の中でもカーター・ブラウンの「ダニー・ボイド」などは、あまり自分をPIだと紹介したがらない。「トラブル引き受けます」って感じで、事務所の看板も「ボイド・インベスティゲーション」でなく「ボイド・エンタープライズ」となっている。

 探偵小説のことを英語で「ディテクティブ・ストーリー(Detective Story)」というように、同じ探偵でも日本の読者へは「PI」より、むしろ「ディテクティブ」のほうがお馴染みかもしれない。しかし「ディテクティブ」は、どちらかといえばホテル専属の探偵などを意味するのだ。

 犯罪小説には私立探偵同様、警官もよく登場する。英語で警官を「ポリス(Police)」とか「コップ(Cop)」    ビバリーヒルズ・コップ」以来、いわゆる「カップ」がローマ字読みの「コップ」として日本では定着してしまったため、不本意ながら「コップ」と書く     アメリカで馴染みがあるのは後者である。このコップ、「警官」よりも「おまわりさん」とか「おまわり」、あるいは「サツ」と訳したほうがピッタリだ。「デカ」も悪くないが使い方次第、前後関係では不自然になることがある。ま、「デカ」そのもののニュアンスが警官というより刑事に近いから、当然かもしれない。

 そこで「刑事」は英語でなんというか?・・・・・・みなさんに一番馴染みがあるのは「ポリス・オフィサー(Police Officer)」か「ポリス(Police)」であろう。しかし、前者だと平の巡査を意味し、後者だと曖昧すぎる。したがって、冒頭の写真「刑事コロンボ」の場合「ポリス・オフィサー・コロンボ」でなく「ルーテナント・コロンボ」なのだ。軍隊なら「ルーテナント(Lieutenant)」は上官代理、つまり中尉や少尉を指す。だが警察(とか消防署)では警部(とか隊長)補佐、ひらたくいって刑事である。
刑事(インスペクター)
キャラハン

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 ちなみに先ほどの「ディテクティブ」も、探偵ばかりか刑事を意味するのでチトややこしい。そのうえ同じ言葉でもアメリカとイギリスでニュアンスが異なるとなれば、犯罪小説の翻訳家などは間違ってもなりたくない商売だ。たとえば「サージャント(Sergeant)」だと、アメリカの陸軍や海兵隊で軍曹、警察ならいわゆる巡査部長である。その巡査部長が警視正まで出世すると「インスペクター(Inspector)」と呼ばれ、かの「ダーティー・ハリー」ことキャラハン刑事は「インスペクター・キャラハン」となるが、この国では保健所の検査官とてやはり「インスペクター」と呼ぶ。

 アメリカの場合、州ごとで警察組織が違っていても、だいたい下から「Police Officer, Patrolman(巡査)」 → 「Sergeant(巡査部長)」 → 「Lieutenant(警部補)」 → 「Captain(警部)」 → 「Deputy Inspector(警視)」 → 「Inspector(警視正)」 → 「Deputy Chief of Police(本部長補佐)」 → 「Assistant Chief of Police(副本部長)」 → 「Chief of Police(警察本部長)」となるか、州によっては「Inspector(警視正)」の上が「Deputy Superintendent(副本部長)」 → 「Superintendent(警察本部長)」のパターンだ。

 いっぽう、イギリスの警察組織は下から「Constable(巡査)」 → 「Sergeant(巡査部長)」 → 「Inspector(警部補)」 → 「Chief Inspector(警部)」 → 「Superintendent(警視)」 → 「Chief Superintendent(警視正)」、この上が「首都警察, ロンドン警視庁(Metropolitan Police Force)」では「Commander(警視長)」 → 「Deputy Assistant Commissioner(副警視監)」 → 「Assistant Commissioner(警視監)」 → 「Deputy Commissioner(警視副総監)」 → 「Commissioner of Police of the Metropolis(警視総監)」となるのに対して、「ロンドン市警察(City of London Police Force)」では「Assistant Commissioner(副本部長)」 → 「Commissioner of Police(警察本部長)」、また他の自治体(地方警察)では「Assistant Chief Constable(警察次長)」 → 「Chief Constable(警察本部長)」と、3つのパターンがある。
警部(インスペクター)
クルーゾー

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 「ピンク・パンサー」でお馴染みのクルーゾー警部が「インスペクター・クルーゾー」とはいえ、同じインスペクターながらキャラハン刑事より警察官としての位(ランク)が低いと、これでおわかりいただけただろうか? あるいは、クルーゾー警部がアメリカだとインスペクターより下のルーテナントであるコロンボ刑事と、ちょうど位(ランク)は同じ警察官だということが・・・・・・?

 さて、「天使達の街」以来書き続けている「遠藤シリーズ」は、犯罪小説というよりスパイ小説っぽくなる時もあるが、どっちだって根本は変わらない。殺しと女、つまり暴力セックス、そこへが絡む。その殺しに係わる言葉使いも、辞書を引いただけではわかりにくいから困る。

 「ヒット(Hit)」や「ヒットマン(Hitman)」が「殺し」や「殺し屋」を意味するのは、ご存じのかたも多いことと思う。しかし、本来「除去」、「削除」、「排除」などを意味する「エリミネート(Eliminate)」が同意語と把握する日本人は、それより少ないはずだ。小説を書いていて、
 「奴をエリミネートしなきゃいかんな」こんなアメリカ人の台詞(ライン)で「エリミネート」をどう表現しようかと悩む時がある。「排除」でも「暗殺」でも意味は通じるものの、前者だと遠回しすぎて後者だと直接的すぎるため、どちらもしっくりこない。

 ちなみに、日本で数ある外来語の中では動詞が名詞となった珍しい例「ハイヤー(Hire)」、もともとは「雇う」を意味する言葉が日本の場合はタクシーの一種として定着した。英語でも名詞として使う稀なケースがあり、「貸自動車」を「カー・フォー・ハイヤー(Car for Hire)」か「カー・フォー・オン・ハイヤー(Car for on Hire)」、つまり「雇う車」と表現するところからきているのだろう。なんといっても、日本は「Sewing Machine」の「マシーン」が訛って「ミシン」となった国なのだ。

 ただ、映画や小説の世界で「ハイヤー」を名詞として使うなら、たいがいは対象が自動車でなく探偵なのである。たとえば、ロバート・B・パーカーの「スペンサー・シリーズ」は日本でも愛読者(ファン)が多く、名前だけはお馴染みのかたも多いと思うが、アメリカでは彼を「PI(私立探偵)スペンサー」でなく「スペンサー・フォー・ハイヤー」と呼ぶ。「用心棒」のことをアメリカで「ガン・フォー・ハイヤー(Gun for Hire)」、つまり「雇われガンマン」というのが、その由来である。そこで、「ミシン」と聞いて同じ機械でも「縫う」代わり「撃つ」、「ハイヤー」と聞いて同じ雇うでも「自動車」の代わり「探偵」を連想するようになれば、少なくともアメリカ映画がもっと理解できるはずだと決めつけるのは、私の独断と偏見であろうか!?

横 井 康 和        


著者からのお断り 

このエッセイは、拙著“続・三文文士の戯言(1990年)”から一部抜粋し、加筆再編したものです。

Copyright (C) 1990, 2002 by Yasukazu Yokoi. All Rights Reserved.

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