映画と邦題
時々、日本の配給会社のセンスを疑うのは、たとえば「The Sixth Sense(1999年)」を「シックス・センス」と略す無神経さである。「シックス・センス」が「6つの感覚」を意味するいっぽう、「The Sixth Sense」は「第六感」で、ぜんぜん意味が違う。映画の内容は一般の人間の五感を超えた第六感を持つ少年がテーマだ。したがって、6つの感覚というのでは、ちょっと乱暴すぎる。
「シックス・センス」
だいたい、元の英題から定冠詞の「the」や不定冠詞の「a」を外したり、複数形や所有格の「s」を省略するのは昔から邦題得意のパターンで、いま上映中の「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド(2007年)」と原題の「Pirates of the Caribbean: At World's End」などを比べてみると、それがよくわかる。たいがいは省略してもさほど影響しないが、「第六感」から「6つの感覚」へ意味合いが変わってしまうような場合は、もう少し神経を使ってほしい。
「ダイ・ハード4.0」
やはりブルース・ウィリスが主演している新作「Live Free or Die Hard(2007年)」の邦題は「ダイ・ハード4.0」、シリーズ4作目であることとハッカーが登場する映画の内容を引っ掛けたものだ。しかし、これでは原題の「気楽に生きるか、それとも最後まで頑張るか」と比べて軽すぎる。そもそも、このシリーズは1988年の1作目を除いて英題と邦題が違う。2作目「Die Harder(1990年)」と3作目「Die Hard with a Vengeance(1995年)」の邦題は、ただ「ダイ・ハード2」と「ダイ・ハード3」だった。たしかに英語のカタカナ表記で「ライブ・フリー・オア・ダイ・ハード」とか「ダイ・ハード/ヴェンジアンス」だと、日本の若い客層へインパクトが弱いのもわかる。だからといって安易な邦題は考え物だ。元来エンターテインメントが教育の要素を持つ以上、邦題をつける配給会社はそれだけの責任を担う。つまり、安易な邦題がこれからの日本文化を駄目にしてしまうぐらいの自覚がほしい。
「シュレック3」
同じようなパターンで、「シュレック3(2007年)」は原題の「Shrek the Third」と比べて軽薄だ。「Shrek the Third」の場合、この「シュレック3世」というタイトルを見ただけで、そこへ王位継承や世継の出産が絡むだろうと想像できる。じっさい、「シュレック3」はその2つが物語の核であり、だからこそ原題はシリーズ3作目と3世を引っ掛けてあるだけに、邦題も同じようなパターンでいけば良かったと思う。もちろん、必ずしも邦題が原題どおりである必要はない。たとえば、フランシス・F・コッポラ監督作「Apocalypse Now(1979年)」の邦題が「地獄の黙示録」なのはニュアンスとしてぴったりだし、なかなか上手い意訳だ。いっぽう、なぜジュリア・ロバーツとスーザン・サランドンの共演作「Stepmom(1998年)」の邦題が「グッドナイト・ムーン」なのか、タイトルを見ただけでは理解に苦しむ。
「善き人たちの
ためのソナタ」
今年のアカデミー賞で外国語映画賞を取ったドイツ映画「善き人たちのためのソナタ(2006年)」の原題は「Das Leben der Anderen」で、英題もそのまま「The Lives of Others」と訳されている。ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツが舞台となって、強固な共産主義体制の中枢を担っていたシュタージの実態を暴き、彼らに翻ろうされる芸術家たちの苦悩を浮かび上がらせた話題作だ。監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクは歴史学者や目撃者への取材を経てこの作品を完成し、エンディングで登場する主人公が書いた本のタイトルを邦題ではそのまま使っている。微妙なのがこのような邦訳だろう。劇中の「善き人たちのためのソナタ」と題した本の中身は映画そのものの印象を与え、いっけん上手い邦題だと思わせる。ところが、本のタイトルは映画の前半で主人公の友人が書いた脚本のタイトルでもあり、そうすると邦題のおかげで観客に誤解を招きかねない。
「たそがれ清兵衛」
こうした外国映画の邦題とは逆に、山田洋次監督作「たそがれ清兵衛(2002年)」が海外へ出ると「The Twilight Samurai」だったりするのは楽しい。ちなみに、三部作の残り「隠し剣 鬼の爪(2004年)」の英題が「The Hidden Blade」、「武士の一分(2006年)」が「Love and Honor」で、後者の内容は三部作の中で最悪だが、アメリカ人ぽい解釈の英題はそれなりの面白さがある。武士の「一分(いちぶん)」とは、武士として生きる男がどうしても守り通さねばならなかった「意地」、つまりポスターのサブタイトル「譲らない心」だ。ただ、それを直訳してもアメリカの観客へ理解させるのは難しい。そこで物語の核となる妻に対する愛と武士の名誉を題して「Love and Honor」というわけだ。
同じ山田監督作でシリーズ物の最多記録としてギネス・ブックにも載っているシリーズ1作目「男はつらいよ(1969年)」だと英題がいくつもあって、アメリカで紹介された最初のタイトルは「Am I Trying(俺だってがんばってるのに)」、やはりアメリカで再上映時のタイトルは「Tora San Our Lovable Tramp(寅さん、愛すべき放浪者)」、そして日本で考えた英題が「It's Tough Being a Man」・・・・・・そう、まったくの直訳である。これも先の「Love and Honor」同様、海外で説得力のあるのはアメリカ人の考えた意訳のほうだろう。
横 井 康 和