映画とシェフ


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「レミーのおいしい
レストラン」
 この映画とまつわるエッセイ集であるテーマソング・シリーズを連載し始めて間もなく、ちょうど今から10年前にお届けした「映画と食べ物」の最後で書いたとおり、こと食べ物が絡むと筆は限りなく進む。そんなわけで久し振りに食べ物が今回のテーマだ。ただ、食べ物といっても、そのカバー範囲は広い。たとえば、日本でヒット中の「レミーのおいしいレストラン(1995年)」を取り上げると、CG(コンピュータ・グラフィック)へ興味が向かう。

 まず映画の内容は、並外れた料理の才能を持ち一流シェフになることを夢見るネズミと、料理の苦手な見習いシェフの出会いが巻き起こす奇跡を描いた物語である。ブラッド・バード(「Mr.インクレディブル」)の監督作で、コメディアンのパットン・オズワルト(「スタースキー&ハッチ」)やイアン・ホルム(「アビエイター」)など実力派が声優を務め、数々の名作アニメを生み出してきたディズニーとピクサー作品ならではの細部にまで凝った映像が見ものだ。

 興味深いのはCGを駆使したその映像で、厨房シーンを描くためスタッフがパリへ飛び、有名なレストランの厨房内を撮影した。そこで働くシェフの動きをカメラに収め、それらの動きからアニメを起こしたのである。したがって、アニメとはいえ登場シェフたちの動作が活き活きとしており、観客の食欲をそそるのだ。食べ物の映画は観客が「美味しそう」と感じない限り、とても成功はおぼつかない。
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「ウェイトレス〜
おいしい人生の
つくりかた」

 「レミーのおいしいレストラン」の場合、「美味しそう」な感じを出すための技術的な試みが成功したといえる。いっぽう、先ごろアメリカでヒットしたケリー・ラッセル(「M:i:V」)主演のエイドリアン・シェリー(「酔いどれ詩人になるまえに」)監督作「ウェイトレス 〜おいしい人生のつくりかた」など、同じ「美味しそう」な映画でも、まったく質は違う。この映画は従来のパターンで、物語そのものが「美味しそう」な感じと結びついてゆく。

 ラッセウ演じる主人公は、パイを焼くのが得意なウェイトレスだ。店で出す様々なパイは、すべて彼女自身が焼いている。おかげで店は大繁盛なのだが、彼女自身は暴力亭主との間で妊娠し、そこへ登場したネイサン・フィリオン(「スリザー」)演じる産婦人科医と出来てしまう。独りよがりで嫉妬深い良人に耐えながら、仲間のウェイトレス店のオーナー、そして産婦人科医に助けられながら彼女は子供を産む。
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「ショコラ」

 こうして展開する物語の各場面で彼女がその時の心境と合ったパイ作りを想像し、映画を盛り上げてゆく。そのパイ作りの場面は見る人の感性次第で「美味しそう」でもあり、そうでないかもしれない。だが、たいていのアメリカ人は「美味しそう」な気がするのではないだろうか? とにかく、女たちが力を合わせて生きてゆく物語を、それらのパイのイメージは印象付ける。そして、女たちが強く男たちがダサいところは、ちょうど溝口健二(「祇園囃子」)の世界だ。

 「ウェイトレス」の場合パイが物語を盛り上げてゆくのに対して、「ショコラ(2000年)」の主役はチョコレートだった。ラッセ・ハルストレム(「サイダーハウス・ルール」)監督がジュリエット・ビノシュ(「こわれゆく世界の中で」)、ジョニー・デップ(「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」)主演で描くこの愛のファンタジーは、そのチョコレートを食べた人たちが幸せになるという物語である。
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「幸せのレシピ」

 古くからの伝統が根付くフランスの小さな村へ、ある日やってきてチョコレート屋(ショップ)を開店する謎めいた母娘、厳格なこの村に似つかわしくないチョコながら、母ヴィアンヌの客の好みにあったチョコを見分ける魔法のような力で、村人たちはチョコの虜になってしまう。やがて村の雰囲気も明るく開放的なものとなっていくのだが・・・・・・本当に食べ物のテーマは幅が広い。

 新しいところでは今月(9月)末の日本公開が予定されている「幸せのレシピ(2007年)」、ドイツ映画「マーサの幸せレシピ(2001年)」をハリウッドでリメイクした心温まるラブストーリーで、人気レストランの料理長(シェフ)を務める女性が思いがけない出来事をきっかけに新しい自分を見つけ出す姿を描く。監督はスコット・ヒックス(「シャイン」)で、主人公の料理長(シェフ)をキャサリン・ゼタ・ジョーンズ(「シカゴ」)が演じる。勝ち気で完璧主義のキャリア・ウーマンから心豊かな女性へと変わるヒロインの変貌と、登場するおいしそうな料理の数々が見どころだ。
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「クレイマー・
クレイマー」

 古い映画でも印象深い作品は多い。離婚と養育権という、現代アメリカが避けて通れない社会問題を心温まる人情劇を通して描いた'80年の代表作「クレイマー・クレイマー(1979年)」は、アカデミー賞でダスティン・ホフマン(「マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋」)が主演男優賞を、メリル・ストリープ(「アントブリー」)が助演女優賞を、その他、作品賞、監督賞、脚色賞を受賞した。

 8年目にして妻の自立心から破局を迎えた結婚生活で、残された良人は幼い息子の面倒を見るのだが・・・・・・妻と別れたばかりの頃、ホフマン演じる主人公は子供のため一生懸命フレンチトーストを作る。それが見るからに不味そうなのだ。しかし、エンディングへ差しかかる頃には完璧なフレンチトーストを作っており、これが最初は子育てへノータッチだった良人の変化を如実に表わす。

 シェフの調理姿であれ、パイであれ、チョコレートであれ、女性シェフの作り出す数々のレシピであれ、フレンチトーストであれ、かように料理が映画を盛り上げるのは驚くばかりである。それとも、私がただ食いしん坊なだけなのだろうか?

横 井 康 和      


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