映画とウェイト・コントロール


 前回のエッセイで述べたとおり、シャーリーズ・セロンは「モンスター(2003年)」で全米初の女性連続殺人犯アイリーン・ウォーノスを演じるため体重を10キロ以上増やし、またジャレッド・レトーも「チャプター27(2007年)」で元ビートルズのジョン・レノンを殺害したマーク・デイヴィッド・チャップマンを演じるため約30キロ増やした。いっぽう、ビヨンセ・ノウルズが「ドリームガールズ(2006年)」へ主演した時は、ダイアナ・ロスを彷彿とさせる主人公ディーナ・ジョーンズを演じるため2週間で約10キロ痩せている。このように、ウェイト・コントロールもハリウッド・スターの重要な技能(スキル)の一つだ。

 ただ、同じウェイト・コントロールながら、太るのと比べて痩せるのはリスクが大きい。現在ヒット中の「ナイン(2009年)」へ主演するためペネロペ・クルスも太らなくてはならなかったのだが、当人は痩せるのと比べて身体を壊す心配が少ないだけ楽だったと語っている。そのリスクの多い痩せ組の第1位は、なんといっても「マシニスト(2004年)」のクリスチャン・ベイルだろう。この映画のためベイルが減らした体重はなんと30キロ近く、4ケ月間リンゴとツナ缶以外いっさい食べなかったという。そして空腹に悩まされると、ひたすら煙草を吸った。結果、病的なほど痩せこけた主人公トレバー・レツニクを見事に演じることが出来たのである。

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クリスチャン・ベイルと「マシニスト」
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ヴィンセント・ドノフリオと「フルメタル・ジャケット」

 いっぽう、太り組はといえば「フルメタル・ジャケット(1987年)」のヴィンセント・ドノフリオが第1位だ。このスタンリー・キューブリック監督作で鬼軍曹のしごきに耐えられず自ら命を断つパイル二等兵を演じるため、彼は短期間で30キロ以上太った。いくら痩せるより身体を壊すリスクが少ないとはいえ、さぞ厳しかっただろう。太るのに7ケ月かかり、元通りの体重へ戻るまでに9ケ月かかったそうである。ただ、それから20年以上経った今では、元の体重自体だいぶ増えているようだが?

 続いて痩せ組の第2位は「キャスト・アウェイ(2000年)」のトク・ハンクスで、彼の場合、ただ痩せるばかりではない。「プリティ・リーグ(1992年)」で女子プロ野球チームのマネージャーを演じるため14キロ太ったかと思えば、「ラジオ・フライヤー(1992年)」や「めぐり逢えたら(1993年)」でいったん元の体重へ戻した後、「フィラデルフィア(1993年)」でエイズ患者の弁護士を演じるため16キロ痩せ、「キャスト・・・」で再び25キロも痩せている。ばかりか、「キャスト・・・」が飛行機事故で無人島に取り残された男の生還への孤独な戦いの姿を描く映画なので、前半の撮影は飛行機事故以前のシーンを、それから1年間を開けて減量後、後半で孤島での生活シーンが撮影された。

 そこまでしなくとも、最近ではCG(コンピュータ・グラフィック)が進歩して、いくらでも誤魔化しはきく。たとえば、「ウルヴァリン:X-MEN ZERO(2009年)」でケヴィン・デュランド演じるフレッド・デュークスが後半で太ったシーンなど、かつての肉襦袢を着たわざとらしいパターンと比べて良く出来ている。しかし、いくら見かけはリアルでも今回取り上げた生身の映画と比べ、やはり説得力に欠けるせいかインパクトが弱い。

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トム・ハンクスと「キャスト・アウェイ」
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ロバート・デ・ニーロと「レイジング・ブル」

 生身の映画ではドノフリオに続く太り組である先のレトーが、電子レンジで溶かした大量のチョコレート・アイスクリームへオリーブ・オイルと醤油を混ぜて飲みながら30キロも体重を増やしたことは前回書いた。そこへ迫るのが、やはり25キロ太った「レイジング・ブル(1980年)」のロバート・デ・ニーロだ。実在のミドル級ボクサー、ジェイク・ラモッタの栄光と挫折の半生を描いたこの映画、試合シーンの壮絶な迫力は筆舌にし難く、ボクシング映画としてのクォリティも然ることながら、自らの猜疑心によって妻や弟を失う男を描いた人間ドラマが素晴らしく仕上がっている。

 ラモッタの引退後のシーンを演じるため25キロ太り、寝転がったお腹の醜悪さを見せたデ・ニーロはまた、太る前の現役時代を演じるため正式なボクシングの訓練を受け、ミドル級の試合へ3回出場して2回勝った。そして、肉体を酷使した演技が好きなアカデミー賞は、「モンスター」のセロンと同じく、この映画でもデ・ニーロの熱演へオスカーを授与しているのだ。アカデミー主演賞を取りたければ、ひょっとすると極端に体重を増やすか減らすのが近道かもしれない。

 で、次は痩せ組の第3位で「ブラザーズ(2009年)」のトビー・マグワイア、精神的な問題を抱えたアフガニスタンからの帰還兵を演じるため10キロ痩せた。毎日12時間のトレーニングを3週間続け、その間1日の摂取量が1,200カロリーと、ベイルやハンクスと比べて減らした体重はさほど多くないが、3週間という期間を考えれば(2週間で同じだけ痩せた)「ドリームガールズ」のノウルズ同様、かなり過酷な減量である。その成果は、「スパイダーマン」の印象とかけ離れた「ブラザーズ」の演技を見れば明白だ。

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トビー・マグワイアと「ブラザーズ」
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ベニチオ・デル・トロと「ラスベガスをやっつけろ」

 マグワイアが共演した「ラスベガスをやっつけろ(1998年)」のベニチオ・デル・トロは、この映画でドクター・ゴンゾを演じるため20キロ近く太ったいっぽう別の映画で減量もしている。スティーヴン・ソダーバーグ監督作「チェ 28歳の革命(2008年)」で主人公ゲバラを演じるため16キロの減量をしたデル・トロと、その10年前の「ラスベガス・・・」を見比べると、これでも同一人物かと疑いたくなるほど体型が違う。

 また、ジョージ・クルーニーは「シリアナ(2005年)」で実在の元CIA工作員ボブ・バーンズを演じるため体重を15キロ増やし、同映画でクルーニーと共演したマット・デイモンが「インフォーマント(2009年)」ではやはり体重を15キロ増やした上、毛皮の敷物のようなカツラ姿が印象深かった。クルーニーなどこの時は体重を増やしたため背中を痛めたばかりか、軽い鬱状態へ陥っている。もっとも、そのおかげで彼が初のオスカーを獲得したのだから文句は言えまい。まったく、映画スターも楽な稼業ではなさそうだ。

 「ブリジット・ジョーンズの日記(2001年)」へ主演したレニー・ゼルウィガーが、その役柄のため1ケ月かけてイギリス訛を学んだ他、ひたすらピッツァとドーナッツを食べまくって13キロ太ったものの、続編「ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月(2004年)」ではちゃんと栄養士を雇い、より健全に体重を増やしたのもわかる気がする。いくらギャラが高かろうと、いくら芸術のためであろうと、またいくらオスカーを獲得できようと、身体を壊してしまっては元も子もないのだから!

横 井 康 和      


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