映画と実像


 前回は映画の世界が「虚像」であることをテーマに書いた。続いて連載14年目最後のエッセイは、その逆で「実像」へ焦点を当ててみよう。史実に基づく映画が数ある中で、多くは脚色されて実像と程遠い世界だ。ドキュメント映画と違って、もちろんそれが悪いわけではない。しかし、実像へ迫っているがゆえ印象深い(史実に基づく)映画も少なからずある。

 たとえば、シャーリーズ・セロン演じる全米初の女性連続殺人犯アイリーン・ウォーノスの生涯を描いた「モンスター(2003年)」は、 セロンへ2003年度アカデミー主演女優賞とゴールデングローブ主演女優賞をもたらした犯罪映画だ。本作が脚本も兼任するパティ・ジェンキンスの初監督作であり、セロンの他にはクリスティーナ・リッチやブルース・ダーンらが出演している。体重を10キロ以上増やし、眉毛を剃り落とし、美貌を微塵も感じさせないメイクで殺人犯の深層心理へ迫ったセロンの体当たり演技は映画ファン必見だ。

 ある日、酒場で娼婦ウォーノスとセルビー(リッチ)という少女が出会い、お互いに愛を感じる。再会することを約束するもセルビーの身内から激しく反対され、結局、彼女は家を出る決意をする。しかし・・・・・・この映画のウォーノス役でセロンがオスカーを獲得した2月29日は、なんとウォーノスの誕生日であった。

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「モンスター」
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「JFK」

 1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺された事件は未だ謎が多い。「JFK(1991年)」は、この事件を扱ったニューオリンズの地方検事ジム・ギャリンソン著「JFK/ケネディ暗殺犯を追え!」およびジム・マース著「クロスファイア」を基に、かのオリバー・ストーン監督が映画化したものだ。暗殺者リー・ハーヴェイ・オズワルドはCIAのために働いていたという説もあり、オズワルド役を演じたゲイリー・オールドマンが役作りのためいろいろと調べるうち、彼もオズワルドの単独犯でないという確信を持つに至っている。

 「JFK」と同じ1991年度作で、実在のギャング4人の若き日々を描いた青春アクション映画「モブスターズ/青春の群像(1991年)」は、大物ギャングが牛耳る禁酒法時代のニューヨークで徐々に頭角を表わす4人の若者、チャールズ・"ラッキー"・ルチアーノ(クリスチャン・スレイター)、ベニー・"バグジー"・シーゲル(リチャード・グリエコ)、メイヤー・ランスキー(パトリック・デンプシー)、フランク・コステロ(コスタス・マンディロア)の生々しい姿を浮かび上がらせている。それは、後にアメリカ全土へその名を馳せる犯罪シンジケートの若き姿でもあった。

 親分格のルチアーノはラスベガスやキューバのハバナへカジノを建てたり、第2次大戦が始まると護身のため米政府の諜報活動を助けたりしたことで知られており、そんな彼をライフ誌は20世紀の建築業界におけるもっとも影響力のある人物20人の1人として選んでいる。そして、ほとんどのニューヨーク・マフィアの親分たちが悲惨な最期を迎える中、アメリカを追われながらもルチアーノはイタリアで余生を送っているのだ。

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「モブスターズ/青春の群像」
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「チャプター27」

 いきなり時代が飛んで、「チャプター27(2007年)」は1980年12月8日に起こった元ビートルズのジョン・レノン殺害事件の真相へ迫る衝撃作である。殺害犯マーク・デイヴィッド・チャップマン本人に取材した「ジョン・レノンを殺した男」の映画化版で、彼が凶行へ及ぶまでの3日間の経緯(いきさつ)を描く。共演はここしばらく大人しいリンジー・ローハン、初監督作ながら緊迫感あふれるドラマに仕上げたJ・P・シェーファー監督の手腕が光る。1980年12月6日、ニューヨークを訪れたチャップマン(ジャレッド・レトー)は、レノンが住むダコタ・ハウスへ向かう。レノンのファンであり、「ライ麦畑でつかまえて」を愛読する彼の目的はレノン殺害で、ニューヨーク到着3日目の朝、チャップマンは「今日が実行の日だ」と確信を持つ。

 レトーはこの映画でチャップマン役を演じるため30キロも体重を増やしているが、その過程では電子レンジで溶かした大量のチョコレート・アイスクリームへオリーブ・オイルと醤油を混ぜて飲んだそうだ。「モンスター」のセロンといい、いやはや映画スターも楽な稼業ではない。

 続いて新聞王ハーストの娘パトリシアが誘拐された事件を描いた「パティー・ハースト(1988年)」は、犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情するなどし、人質が犯人に信頼や愛情を持つようになる「ストックホルム症候群」の典型的な物語といえよう。映画の中でパトリシア・ハースト役を演じているのはナターシャ・リチャードソンだが、現実のパトリシア・ハーストは銀行強盗での懲役を時の大統領ジミー・カーターの恩赦で免れ、その後、数々のTV番組と並行して「クライ・ベイビー(1990年)」、「シリアル・ママ(1994年)」、「ア・ダーティ・シェイム(2004年)」といった何本かのジョン・ウォーターズ監督作へ出演している。

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「パティー・ハースト」
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「バグジー」

 最後に取り上げる「バグジー(1991年)」は、ご存じのかたも多いと思うが、不毛の砂漠へ現在の「フラミンゴ・ヒルトン」を建て、ネオン輝くオアシス「ラスベガス」の土台を作った実在の人物"バグジー"ことベンジャミン(ベニー)・シーゲルの半生を描いた作品だ。'30年代のニューヨーク、暗黒街にその名を轟かせていた殺し屋バグジーが、縄張り拡張のためハリウッドへ乗り込み、そこで駆け出しの女優ヴァージニアと出会い恋に落ちる。やがて、ネヴァダ州の小さな町ラスベガスを訪れた彼は、この地へかつてない大規模なホテル・カジノを建設しようと決意した。

 あんがい知られていないのは、先の「モブスターズ/青春の群像」でも登場し、あれだけの偉業を成し遂げた彼がカジノ事業より映画スターを夢見ており、じっさいスクリーン・テストを受けた時のフィルムさえ残っているという。そういった意味でウォーレン・ベイティのキャスティングはぴったりだ。しかし、こうして書いてみると、結局、取り上げた映画のすべてがすべて犯罪物、前々回のテーマ「犯罪」の続編ともいえる内容となってしまった。ただ、今回は火器が絡んでいないだけ、まだましだと諦めてほしい!

横 井 康 和      


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