映画と虚像


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「マトリックス」
 映画の世界は、言うまでもなく虚像である。たとえば一連の「マトリックス」で、主人公が飛んでくる弾丸をかわしたり壁を歩くのも、バーチャルの世界だから許せるわけだ。ただ、その「マトリックス・シリーズ」ですら基本的な設定はおかしい。ロボットが人類を電池代わりに使うというのは、どう考えても効率が悪すぎるし、それならポッドの中で眠る人間の身体を燃やしたほうが、まだ得られるエネルギー量は多いだろう。

 こういった間違いが目立つのは、やはりSF映画の分野で、H・G・ウェルズの名作を映画化した「宇宙戦争(1953年)」の頃など、多くの人が火星人侵略の可能性を信じていたぐらいだ。そこまで古い時代はさておき、「ロボコップ(1987年)」のポール・ヴァーホーヴェンがフィリップ・K・ディックの短編小説「追憶売ります」を基に描いたSFアドベンチャー作「トータル・リコール(1990年)」のような比較的最近の映画でも、依然おかしな部分が目立つ。

 まず不自然なのは、重力が地球の3分の1しかない火星を訪れた主人公ダグ(アーノルド・シュワルツェネッガー)の動きは地球上とさほど変わらない。加えて、悪役コーヘイゲン(ロニー・コックス)が火星の希薄な大気に晒(さら)されるエンディングも、窒息死はするだろうが、あのように頭は爆発しないはずだ。
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「インデペンデンス・デイ」

 宇宙人到来といえば、もはや火星人が主流ではない。スティーヴン・スピルバーグ監督作「未知との遭遇(1977年)」や「E.T.(1982年)」が境となり、ローランド・エメリッヒ監督作「インデペンデンス・デイ(1996年)」から現在全米で上映中のピーター・ジャクソン・プロデュース作「ディストリクト9(2009年)」など、もはや太陽系宇宙人の時代ではなく、それだけ宇宙船も大型化してきた。

 そこで問題となるのが、大型化した宇宙船の引力だ。「インデペンデンス・デイ」の場合、宇宙船の大きさは月の4分の1という設定であり、それが世界中の大都市の上空へ姿を現わす。潮の満ち引きは月の引力が作用した結果であり、いくらサイズは4分の1でもこれだけの宇宙船が接近すれば、地球は当然ながら破壊的な打撃を被(こうむ)る。宇宙船が引力を制御しているのだと主張する人はいるかもしれないが、現実は宇宙船の引力で大規模な津波が起こり、火山は爆発し、地震が大地を揺るがすことだろう。

 やはりヴァーホーヴェン監督作「スターシップ・トゥルーパーズ(1997年)」は、同じ宇宙人到来でも昔ながらの昆虫(バグ)型が登場する。しかし、洞窟の中を這う巨大なバグに遥か彼方の地球へ移動するだけの技術があるとは思えず、まして地球の表面はほとんどが水で覆われ、わずか10分の3に過ぎない陸地、それもブエノスアイレスのような都市へ狙いを定めるのは並大抵ではない。

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「アルマゲドン」
 宇宙からの脅威といえば、生物(エイリアン)ばかりと限らず、マイケル・ベイ監督作「アルマゲドン(1998年)」のように巨大な隕石が地球を直撃するパターンもある。この映画はあのNASAが製作の協力を断り、かつ168箇所の間違いを指摘したあたり、さすが「トランスフォーマー/リベンジ」を大ヒットさせたベイ監督だ。スケールが違う。中でも大きな間違いは、テキサス州とほぼ同じサイズの隕石を1発の核で2分割しようという設定でありながら、それだけの威力を持つ核が現実に存在しない。また、不思議なのは爆発が重要なテーマなのに、他のベイ監督作ほど爆発シーンは登場しないのである。

 「アルマゲドン」で隕石との衝突を免れた地球の中核へ掘り進むのが「ザ・コア(2003年)」、この物語では直径約2400kmの中核が回転を止めたため、地球の磁場は崩壊して宇宙から大気圏内へ極超短波が降り注ぐという設定だ。しかし、極超短波は磁場に影響せず、宇宙からの放射線も地上の人間へ影響を及ぼすほど強くない。そんなことより、もし中核の回転が止まったら、中核へ蓄えられてエネルギーが流出し、もっと大変な問題になる。そのエネルギー量は、原爆5兆個を同時爆発させたのと匹敵するからだ。

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「デイ・アフター・トゥモロー」
 続いて地球の外でも内でもなく、我々が住む地表での災害である。エメリッヒのもう1本の監督作「デイ・アフター・トゥモロー(2004年)」は、内容のバカバカしさに「アルマゲドン」同様NASAが協力を断った曰(いわ)くつきだ。まず、映画の中で描かれているごとくニューヨークの街を水没させるなら、南極の氷はほとんど解けないといけない。太陽光線のすべてを南極へ集中させたとして、氷が解けるまでには約2年半かかる。デューク大学の古気候学者ウィリアム・ハイドは、この映画がフランケンシュタインの心臓移植手術と同レベルの科学へ傾倒していると、かなり手厳しい。

 科学といえば、去年の11月に他界したマイケル・クライトンのベストセラー小説を映画化したスティーヴン・スピルバーグ監督作「ジュラシック・パーク(1993年)」はなかなか面白いアイデアだが、いくつかの問題点はある。自然発生的なトカゲの性転換の可能性があるとは考えられず、また2500万年昔の蚊から取ったDNAで恐竜が再生できる可能性もまずないだろう。

 恐竜のDNAの二重らせん構造は、間違いなく粉々に砕けているはずだし、そこへ蚊が食べた(血を吸った)動物や蚊自体の遺伝因子も混じり合っている。そこから再構成される生物は、悪夢の中へ登場する魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類で、たぶん外観がTレックスのような生物は期待できないと考えるのが妥当だ。
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「アウトブレイク」

 生物学的見地でいうと、エボラ熱の脅威を描いた「アウトブレイク(1995年)」もやや無理がある。一匹の猿から田舎町が壊滅の危機へ直面し、救えるのは軍属の医師サム・ダニエルズ(ダスティン・ホフマン)だけ・・・・・・この映画で何が問題かといえば、感染するスピードよりは感染した人間(ホスト)のほうが早く死ぬ。したがって、そこまで広がらない。また、劇中エボラ熱のウィルスに感染した猿の血清で人間は助かるのだが、実際は血清剤を作るほうが、それで治るより時間を要する。

 最後は放射能が人間に与える影響だ。やはりスピルバーグ監督作「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国(2008年)」では、主人公のインディー・ジョーンズ(ハリソン・フォード)が原爆実験の最中(さなか)、捨てられた古い冷蔵庫の中へ避難して助かる。しかし、たとえ爆発のショックは冷蔵庫が遮ってくれたとしても、問題は熱と放射能だ。もし、あれが現実ならジョーンズは冷蔵庫の中で全身に重度の火傷を負い、奇跡的に助け出されたとすれば間違いなく放射能でやられてしまう。まず、その先がない。

 以上の問題点を考慮すると、せっかくの映画の面白さは台無しかもしれないが、どうせ虚像の世界。大いに楽しんで下さい!

横 井 康 和      


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