映画と犯罪


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「パブリック・エネミー」
 映画や小説で「戦争」が恰好のテーマとなるのは、そこに空極の人間ドラマがあるからだ。そういった意味で戦争と同じく「犯罪」も映画のテーマとしてスタンダードなジャンルだろう。そもそも、このコラムの連載を始めた当初、まず選んだテーマは「拳銃」であった。そして、拳銃と深く係わるのが戦争や犯罪である。

 そこで今回は、この犯罪をテーマに語ってみたい。たとえば、ごく最近なら今月(7月)1日全米公開されるジョニー・デップ主演の話題作「パブリック・エネミー(写真)」など、戦争同様、犯罪がテーマの映画は腐るほどある中から、とりあえず銃愛好家(ガン・パーソン)として過去半世紀の犯罪映画ベスト10を拾ってゆく。まず、ジョン・ネヴィルがシャーロック・ホームズ役を演じる1965年度作「スタディー・イン・テラー」、ホームズの相手はお馴染み「ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)」だ。

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マークUエンフィールド
 ビクトリア調の背景も美しく物語が展開し、意外な結末を迎えるこの映画では、他の数あるホームズ映画と違って武器の選択がしっかりしている。ネヴィル演じるホームズはベーカー通りを捜査中、愛用の銃を取り出し、それが映画ではほとんど使われたことのないイギリスの軍用拳銃マークUエンフィールド(写真)であった。

 歴史上マークUエンフィールドが登場するのは1982年で、ジャック・ザ・リッパー事件が初めて起こったのは1888年と、時代考証が正しいばかりでなく、この珍しい拳銃の選択で映画は印象を深めている。また、映画の宣伝用ポスターへジャック・ザ・リッパーのナイフと並んで映っているのも、この拳銃だ。
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映画で使われた
S&Wモデル29

 「スタディー・イン・テラー」やその中で使われるマークUエンフィールドと比べ、日本でもよく知られているのが1971年度のクリント・イーストウッド主演作「ダーティー・ハリー(写真)」と、作中へ登場する主人公ハリー・カラハン刑事愛用のスミス&ウェッソン・モデル29「44マグナム(写真)」である。その後、イーストウッドと44マグナムの組み合わせは銀幕(シルバー・スクリーン)を飛び出して一人歩きを始めた。

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「ダーティー・ハリー」
 引き続き4作目までがシリーズ化されるうち、映画の影響でS&Wモデル29は売上を伸ばし、スミス&ウェッソン社の株価を押し上げる。かつて、チャック・コナーズ主演のTVヒット・シリーズ「ライフルマン」が銃の売上へ貢献した時でさえ、これほどの影響力は持ち得なかった。そういった意味でイーストウッドと44マグナムが映画史に新たな記録を築いたことは間違いない。

 犯罪映画の3番目が「ゴッドファザー(1972年)」で、シリーズ2作目同様、映画史へ大きな足跡を残す名作だ。数々の名場面の中でも印象深いのは、ガソリン・スタンドへ立ち寄ったソニー(ジェームズ・カーン)の暗殺シーンやラスベガスのギャング、モー・グリーン(アレックス・ロコ)がバグジー・シーガル流に眼を射抜かれるシーン、そして中でもマイケル(アル・パチーノ)の汚職警察署長と地元ギャングの親分を殺害するシーンなど強烈である。

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映画で使われた
トンプソン・モデル1928
 次に「デリンジャー(1973年)」は、冒頭で触れた「パブリック・エネミー」を含めてデリンジャー映画が数ある中で、もっとも良く出来た作品といえよう(1945年版も悪くはなかったが)。劇中で使用された「トミー・ガン」ことトンプソン・モデル1928(写真)は、先のS&Wモデル29同様、アメリカの国立火器博物館へ飾られているが、この大恐慌時代の犯罪映画といえば「ボニーとクライド/俺たちに明日はない(1967年)」その他を見るまでもなく、トミー・ガンなくして成り立たない。

 翌年の「ゴッドファザーU(1974年)」で印象的だったのが、若きヴィト・コルレオーネ(ロバート・デ・ニーロ)の地元のドンを殺すシーンで、銃声を消すためタオルを巻いた拳銃はイギリス製のマークYウェブリーだった。たぶん第1次大戦から帰還した米兵が持ち帰った物という設定なのだろう。ドンを殺した後、拳銃を分解して煙突の中へ捨てるシーンも、なかなかのリアリティーだ。

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スター9mm
 1994年度作「パルプ・フィクション(写真)」は、「レザボアドッグス(1991年)」で監督デビューを果たしたクエンティン・タランティーノの初めてのヒット作というばかりではなく、ジョン・トラボルタが奇跡のカムバックを果たした作品としても知られている。そのトラボルタ演じる殺し屋は、ニッケル・メッキを施したオート・オーディナンス社製の45口径を暴発させてしまう。

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「パルプ・フィクション」
 そして、彼とコンビを組む殺し屋役のサミュエル・L・ジャクソン(写真)が持っているのは、やはりニッケルのスター9mm口径(写真)なのだ。また、ブルース・ウィリス演じる登場人物(キャラクター)がトラボルタ演じる殺し屋を殺(や)るのはマック10という具合で、彼らと彼らの武器が上手くマッチしているのも、この映画のヒットした重要な要素である。

 7番目の犯罪映画「ヒート(1995年)」は、「ゴッドファザー」で共演しながら顔を合せなかったロバート・デ・ニーロとアル・パチーノが、初の顔合わせで話題になった。監督は「マイアミ・ヴァイス」のマイケル・マンで、デ・ニーロ演じる強盗とパチーノ演じるLAPD(ロサンゼルス市警)殺人課の刑事との戦いがテーマだ。ダウンタウンでの壮絶な銃撃戦は見逃せない。

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モデル1907サベージ
ポケット・オート
 「L・Aコンフィデンシャル(1997年)」も、やはりロサンゼルスが舞台ながら、時代は'50年代の初期まで遡(さかのぼ)る。別にこれといった特別な火器が登場するわけではなく、ディテクティブ・スペシャル、M&P、ガバメント・モデルといった当時ごくありきたりの火器がかえってリアリティーを醸し出し、圧巻なのはエドマンド・ジェニングス(ガイ・ピアース)とバッド・ホワイト(ラッセル・クロウ)2人の刑事が、モーテルの部屋で汚職警官たちと戦うシーンだ。

 「ロード・トゥー・パーディション(2002年)」は更に時代を遡(さかのぼ)り、'30年代のアメリカが舞台である。殺し屋マイケル・サリバン(トム・ハンクス)は、アイルランド人マフィアやアル・カポネ一派その他と微妙な駆け引きの中で生き延びてきた。そして、時代背景から彼がトミー・ガンを愛用するのは疑問の余地がない。また、そこへ絡(から)む犯罪写真家と殺し屋を兼業するハーレン・マガイア(ジュード・ロウ)の銃はモデル1907サベージポケット・オート(写真)で、この選択が少なからず映画を印象付けた。
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消音器付ルガー・マークU

 最後に取り上げる犯罪映画は、再びマンの監督作で「コラテラル(2004年)」だ。トム・クルーズ演じる殺し屋ヴィンセントがジェイミー・フォックス演じるタクシー運転手(ドライバー)マックスを雇い、長い夜の始まりである。ヴィンセントの武器はHKのUSAや消音器付ルガー・マークU(写真)など、プロの殺し屋としてなかなか憎い選択といえよう。

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「新仁義なき戦い/謀殺」
 さて、犯罪映画ベスト10と関係なく余談になるが、少しだけ邦画へも触れておきたい。こと火器が絡めば、やくざは元より一部を除く警察官や自衛隊員ですらアメリカと比べて十分な訓練を受けていない日本の現状だと、映画にリアリティーを求めるほうが間違っている。したがって、渡辺謙主演の2002年度作「新仁義なき戦い/謀殺(写真)」を見た時も、まったく期待はしていなかった。

 じっさい映画そのものの出来栄えは深作欣二監督のオリジナルと比べるべくもないが、そのオリジナルでさえ銃撃戦シーンは興醒めだ。ところが「新仁義なき戦い/謀殺」は、渡辺をそそのかす情婦役を好演する夏木マリの悪女振りと並び、彼が殴り込みをかけるクライマックス・シーンは決して悪くない。

 渡辺が1発撃つたびに遊底はスライドして薬莢が宙へ舞う。たったそれだけのことなのに、いくら記憶を辿(たど)ってみても、これまで見た邦画ではなかったリアルなシーンなのだ。その斬新さが、たとえ今のところシリーズ最終作で終わっていようと、「新仁義なき戦い/謀殺」を忘れ難くしている。また、それ故この映画は間もなく渡辺が飛躍するプレリュードといえば、ちょっと言い過ぎであろうか?

横 井 康 和      


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