映画と拳銃 (上)


歴代のボンドが愛用する
ワルサーPPK

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 一昔前、時期的にはちょうど“マイアミ・バイス”がヒットしていた頃、TV、劇場用を問わずアメリカ映画で登場する拳銃の急激な変化に気づかれた方はおられたであろうか?“マイアミ・バイス”を筆頭に、当時、一連のTVシリーズで主人公のほとんどがオートマチック(自動拳銃)を愛用していた。映画ではリボルバー(回転拳銃)専門であった“ダーティー・ハリー”ですら、4作目の“サドゥン・インパクト”後半、それまで愛用していた“スミス・アンド・ウェッソン-44マグナム・リボルバー”に代わり、同じく“スミス・アンド・ウェッソン-44マグナム・オートマチック”を使うようになった(もっとも、彼の場合、強烈なイメージが出来上がっていたせいか、その後、再びリボルバーに戻ってはいるが)。

 1947年以来、“マイク・ハマー”に代表される、かのミッキー・スピレイン描くところのタフガイ達が、もっぱら愛用してきたのはコルト・オートマチックだ。しかし、小説を含めたフィクションの世界で当時は非常に珍しい選択であり、これも彼が爆発的に売れた原因の1つかもしれない。そもそも、ハンドガン(拳銃)の歴史を振り返ると、オートマチックは主にヨーロッパを中心として発展、アメリカ人はひたすらリボルバーを愛好してきたのである。'80年代までアメリカ映画のヒーロー達が決まってリボルバーを手に活躍したのも、じつはその反映なのだ。

 ちなみに、ベルギーの“ファブリック・ナショナル社”が製造するブローニング拳銃の設計者、ジョン・M・ブローニングや、近代拳銃の父と呼ばれるユーゴ・ボーチャード(ドイツの誇るルガーP08を設計したジョージ・ルガーは彼の弟子であり、その機構はボーチャード・オートマチックを流用)がアメリカ人であることは、意外と知られていない。彼らがベルギーやドイツで名を成したのも、リボルバーの需要が強いアメリカでは彼らの能力を活かせなかったからだ。

 西部開拓史のバックボーンは言わずと知れた“コルト・ピースメーカー"、アメリカのガンパーソン(銃愛好家)が未だリボルバーに執着するのは、こうした歴史的背景がある。リボルバーもそれなりの長所はあるが、やはり時代の流れはオートマチックに有利なようだ。かといって物事の変化には時間を要するのが常、第2次大戦後いくらオートマチックが優勢になろうと、LAPD(ロサンゼルス市警)の警官が正式にオートマチックの携帯を許可されたのは、わずか9年前(1987年)のことである。それが映画の世界へ与えた影響は迅速かつ大きい。当時、アメリカ映画で急激にオートマチックが使われだした理由の1つに、こんな事情もあった。ただし、きっかけはそれより更に四半世紀さかのぼる。

 現在のアクション映画ではハンドガンが昔より大きな地位を占めているが、リボルバー、オートマチックを問わず、そのきっかけを作ったのはイアン・フレミングだという気がする。アクション映画にハンドガンは欠かせなくとも、それまでディテールにこだわる作家などほとんどいなかった(スピレインは数少ないこだわる作家ながら、やや1パターンの傾向がある)。ボンド以前、名前から愛用のハンドガンを連想させるヒーローは皆無に近い。そのフレミングですら、こだわりすぎたためか間違っている時があるものの、かえって愛着を覚えさせるのはフィクションの世界ならではだろう。

ベレッタ950BS
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 フレミングが残した007シリーズ14冊のうち、処女作“カジノ・ロワイヤル”ではボンドへグリップを取り外しテープを巻いたベレッタの25口径小型オートマチックを持たせたおかげで、さすがの彼もさんざんな目にあった。いかにもアマチュアっぽい選択であり、同著を愛する多くのガンパーソンから非難の手紙が舞い込む結果となったのである。その1人ブースロイドは後にフレミングの友人となり、作中、兵器の専門家として登場するのだが、彼の助言が、また新たなミスを生む。

 ボンドといえばバーンズ・マーチン社製トリプル・ドゥロー・ホルスターワルサーPPKを入れてと相場が決まっており、どちらも薦めたのはブースロイドだ。ところが、彼はこのホルスターをあくまでS&W(スミス・アンド・ウェッソン)のリボルバー用として推薦したのであり、アメルカのホルスター・メーカーである“バーンズ・マーチン社”は、当時PPKが納まるその手のホルスターを製造していなかった。とはいえ、映画のヒットにつれ“トリプル・ドゥロー・ホルスター+ワルサーPPK”が有名になってからは、バーンズ・マーチン社がそれを作りだしたのは言うまでもない(現在、その特許を買ったビアンチ社が、引き続き“モデル9R”として製造中)。

 さて、その7.65ミリ口径(=32口径)のPPKであるが、本当に妥当な選択かどうか? 当時も“9ミリ・ショート”や“380ACP”など、7.65ミリより強力な実包はあった。しかしながら、MI6のトップ・エージェントとして7.65ミリがじゅうぶんであるならば、確かにPPKはベスト・チョイスだ。そして、'60年代と比べ、同じ実包でも今の7.65ミリは格段の進歩を遂げている。ウィンチェスター社の“32ACPシルバーチップ・ローディング"、“7.65ミリ・ブローニング”など強力な製品が出回り、またそれと比例して(アメリカの)警官ばかりか一般市民の銃器に対する知識も、当時とは比較にならないぐらい進歩した。そこへ映画の与えた影響は驚くべきものがある。

 西部劇全盛時代はコルト・ピースメーカー一本槍だったものの、“ローンレンジャー”ならニッケル張りに象牙グリップのピースメーカー、銀の弾丸がアメリカ流正義を象徴する。あるいは、ガイ・マジソン演じる“ワイルド・ビル・ヒコック”ことジェームズ・バトラー・ヒコックなら、銃把を前向きにぶら下げた2丁拳銃をクロス・ハンドで引き抜くと、皆さん工夫を凝らしたのだ。ちなみに、マジソンが演じたヒコックのスタイルは史実に基づいており、ワイアット・アープが教えたとおり、彼は毎晩、弾を抜いて込めなおした。

 ローンレンジャーの拳銃ほか、銃身長を変えたりグリップや彫刻に凝った、随分いろんなコルトが登場した。それらは実際にコルト社が作ったこともなければ、これからも作りそうにない。ただし、ヒーロー達が売上を伸ばしたことは間違いなく、“ライフルマン”で有名になったチャック・コナーズなど、感謝の気持ちを込めた特製銃をコルト社からプレゼントされている。

 今でこそ劇中の警官およびPI(私立探偵、“プライベート・インベスティゲーター”の略)がバックアップ(予備の拳銃)を足首とか背中に隠しているのは普通だ。だが、昔の西部劇なら悪役にしか許されなかった。女性を除き、小型拳銃(主にデリンジャー)を隠し持つのはリバーボートのギャンブラーと決まっており、唯一の例外といえばリチャード・ブーン演じる“パラディン”である。最近メル・ギブソン主演で映画化されたものを含め、一連のオリジナル“マーベリック”達(ジェームズ・ガーナー、ジャック・ケリー、ロジャー・ムーア、その他)も悪役でなくデリンジャーを携帯していたが、彼らとてギャンブラー、純粋のかたぎではない。

 現代(アクション)劇では“Mスクァード”のリー・マービンが、バックアップを持った初のヒーローだろう。彼は2丁のディテクティブ・スペシャルを、一方が他方よりわかりにくいよう携帯した。その1年後、ロバート・ブレーク演じる“バレッタ”がチーフズ・スペシャルをアンクル(足首)ホルスターへ入れ始める。ちょうど、“フレンチ・コネクション”の刑事ポパイ・ドイルのように・・・・・・。

 しかし、なんといっても1962年アルバート・ブロッコリーの“007は殺しの番号”が封切られ、すべてを変えたのだ。ショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンドの拳銃はご存じのとおりオートマチックだが、それまで正義の味方はリボルバー、オートマチックは悪役専用と決まっていた。時として、そのタブーに挑戦できたのはハンフリー・ボガートぐらいのものである(ボガートの使用したオートマチックは“コルト45-ガバメント・モデル”か“コルト1903-ポケット・モデル")。

 そんな“007は殺しの番号”をご覧になっていて、途中でボンドのワルサーが変身するのはお気づきになっただろうか? Mのオフィスでボンドがブースロイドより受け取った“PPK”が、ジャマイカへ着くと不思議や不思議、同じワルサーでも一回りでかい“PP”に変わっていた。こうした細かいミスはありながら、この映画をきっかけとしてアメリカ人のヒーロー観に大幅な変化が現われる。結果、昔ながらの大げさで現実離れしたガンさばきは画面からいっせいに姿を消す。そして34年後、7代目のボンドを演じるピアース・ブロズナンが愛用していたのは、いうまでもなくワルサーPPKとアストン・マーティンDB3という次第! (続く)

横 井 康 和      


著者からのお断り


このエッセイは、拙著“三文文士の戯言(1989年)”および“続・三文文士の戯言(1990年)”から一部抜粋し、加筆再編したものです。

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