映画と拳銃 (下)


シュワルツェネッガー愛用の
デザート・イーグル

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 ヒーロー達の愛用する拳銃がクローズアップされるようになり、TVシリーズ“アンクルから来た男”あたり、(TVや映画での)拳銃デザインのピークといえよう。1964年〜1965年シーズン、パイロット・フィルムでロバート・ボーン演じるナポレオン・ソロは“ルガーP08"、デビッド・マッカラム演じるイリヤ・クリヤキンは“コルト・ガバメント・モデル”を持っていたのが、放映決定と同時に“アンクル・ガン”を与えられる。

 最初のアンクル・ガンは“モーゼル・モデル1934”を改造したものだ。次のモデルは、より知られるようになった“ワルサーP38”の改造タイプ、スコープや銃床を取り付けた姿にご記憶はないだろうか? 私もあれを見てあこがれた1人である。が、グリップに“S"、"K”とイニシャルまで入れたのは、スパイの原則を考えるといただけない。

 ボンドに刺激されたTV業界は、以後ぞくぞくとスパイ達を登場させた。去年(1995年)、約30年のブランクを経て再登場したロバート・カルプ、ビル・コスビー主演の正統派“アイ・スパイ”から、メル・ブルックスのプロデュースが後に話題となったコメディー“それゆけスマート"、あるいは舞台を西部へ移した“ワイルド・ワイルド・ウェスト”まで、ありとあらゆるタイプのスパイが画面に氾濫する。映画業界も同様で、ジェームズ・コバーンは“電撃フリント・シリーズ"、ディーン・マーチンは“マット・ヘルム・シリーズ”と、きりがない。

 キャトル・バロン社製ショルダー・ホルスターに入れた“S&Wモデル29”なくしてダーティー・ハリーは考えられず、ジェームズ・ボンドならバーンズ・マーチン社製ホルスターに入れた“ワルサーPPK”と、名を成すヒーロー達が持つハンドガンやアクセサリーは、さすがに優秀な製品である。そして、ヒーローが名を成したおかげで製造元も潤う状況は、日本だとありえない。ダーティー・ハリーの登場以来、“モデル29"、"モデル629”をはじめとする各種44マグナム・リボルバーのおかげで、S&W社は驚異的に売上を伸ばした。日本なら、せいぜいモデル・ガン業者が余録を得たぐらいだろう。

 S&Wにせよワルサーにせよ、優秀だから選ばれたわけだ。しかし、撮影で使用するなら、選択の基準はそれだけじゃない。アメリカ版007を目指していい線までいった“アイ・スパイ”の場合、主演の2人が愛用したのは共に9ミリ(32口径)オートマチックである。主としてヨーロッパ、中南米、アジアで撮影が行われた関係上、9ミリ以外の空砲は入手できなかったからだ。コスビーのごくありふれた“9ミリ・コルト・コマンダー”に対し、カルプの“ワルサーP38”は銃身を切りつめ、照準が付け直されていた。ちょうど“ゲシュタポ・モデル”と似ている。

 カルプのワルサーと同じく、P38を改造した“アンクル・ガン”も銃身を切りつめたものだが、こちらはスプレッサー(=サイレンサー)を装着するため、カルプのパターンと違って照準が銃身でなく遊底前方へ移動されていた。これ以外にも、少し古いアメリカ映画を見ればワルサールガーがやたら登場する。また、“アンクル”の敵“スラッシュ”がルガーを持っていたように、かならずヒーローはワルサー、悪役はルガーと決まっていたのがおかしい。

筆者の南部十四年式
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 じつはこれ、ちゃんと理由があるのだ。第2次大戦の戦利品としてアメリカへ流れ込んだワルサーとルガーは、当時のガン市場にあふれていた(私のコレクションの一部である“南部十四年式”や“九九式ライフル”しかり)。NRI(ナショナル・ライフル・アソシエーション)が優良と見なすコンディションで相場は39ドル95セント〜49ドル95セントと、メジャー映画会社のプロップ(小道具)部門が見逃すはずはない。結果、どの映画会社もワルサーとルガーを大量にストックしたのである。

 そこで問題となるのが空砲と実弾の違いだ。映画撮影はほとんど空砲を使う。オートマチックの場合、弾丸を発射したガス圧で遊底を引き、自動的に空薬莢を取り出して次の実包を遊底内へ送り込むと同時、劇鉄を起こす仕組みだ。これを“ガス・オペレーション”といい、実弾のガス圧を計算した上で設計されている。実弾に比べ、当然ながら空砲のガス圧は弱く、遊底を引くだけのパワーがなければ、メカニズムは巧く作動しないこともある。遊底の重さやメカニカルな抵抗が、ここで大きく影響するわけだ。

 以上の理由により、空砲を使う撮影でルガーは扱いにくく、遊底の軽いワルサーが遥かに有利なのである。どちらをヒーローに持たせるかは明白・・・・・・ボンドのワルサーを含め、いやはやドイツ製が多いこと! 戦争映画では必ずドイツ人が悪役に回されるのを見るまでもなく、映画業界を牛耳るユダヤ・パワーは有名な話ながら、銃器絡みだと事情が違うのだろうか?・・・・・・ともあれ、ボンドの登場以来、ヒーロー達は真剣に銃を扱いだした。それだけプロデューサーや脚本家の姿勢が変わってきたといえる。

 これは見る側のハンドガンに対する認識も大いに関係し、一昔前と比べ(アメリカで)観客の知識は驚くほど向上した。そうなれば、役者とて、うかうかしていられない。必死で火器を勉強しない限り、観客に迫れないばかりか、まずその手の仕事が入ってこず、結局、売れてる連中はみなさん好きそうだ。ハリウッドで催されるさまざまな射撃大会の参加者を見ると、「へ〜え、この役者が!」と思うことはしょっちゅうある。また、いつだったか、TVニュースが銃器絡みでLAPDの厄介になった役者を特集すると、シャロン・ストーンも入っていた(ただし、送検はされていない)。

 ロバート・カルプが“アイ・スパイ”後、久しぶりのTVヒット・シリーズ“グレーテスト・アメリカン・ヒーロー”にFBI捜査官ビル・マックスウェル役で登場する時、彼は2丁のスミス(S&W)を用意した。ディベルによりカスタマイズされた“モデル39”2丁のうち、1丁が実弾用、もう1丁が空砲用だ。これを、ちょうど“アイ・スパイ”のスタイル、つまり上下逆さに吊り下げるよう改造されたアレッシー社製ショルダー・ホルスターで携帯したのである。こうして、シリーズ前半はスクリーン上ただ1丁のディベル・カスタムだったのが、後半は2つのショルダー・ホルスターへ2丁の“ガバメント・モデル”というスタイルに変わっていた。他のヒーロー達が重装備になりつつある時期だったことを考えれば、この変化も面白い。

 重装備番組の代表選手“マイアミ・バイス”で刑事ソニー・クロケットが使っていたのは、10ミリ口径の“ブレン10オートマチック”だ。ただし、撮影に便利な実包“45ACP”の空砲を撃てるよう改造してあった。この“ブレン10”といい、先の“ディベル・カスタム”といい、改造したのはガンスミス(鉄砲鍛冶)であって、同じ“改造ガン”でも日本でいう“改造ガン”と根本が違うことをお忘れなく! ちなみに、各種トーナメントで活躍する選手達が愛用するハンドガンは、ほとんど(本物の)"改造ガン”だ。

 “マイアミ・バイス”に触れたついで、テーマからそれるが、クロケットの愛車“フェラーリGTBデイトナ・スパイダー”の裏話を少々・・・・・・シリーズ前半の“デイトナ”といい、後半の“テスタロッサ”といい、この番組イメージへのフェラーリの貢献度は、けっこう高い。ところが、本物のテスタロッサに比べ、そのじつデイトナはコルベット・ベースの“キット・カー(古いシャシーとエンジンを利用し、ボディーだけ自分で組み立てるキット)”であった。ただ、プロデューサーが冴えていたのは、コルベットのエンジン音を本物の12気筒フェラーリ・エンジンのものと吹き替えた点だ。さすが、一世を風靡した番組だけ、映画の“マジック”が、ここにも脈々と息づいている。

 “クライム・ストーリー”のシカゴ・コップ達は、時代背景が一昔前だけに、もちろん38口径のスナブノーズ(直訳の“獅子鼻”どおり、銃身の短いリボルバー)を持って登場する。刑事トレロを演じるデニス・ファリナは、かつて本物のシカゴ・カップだったせいか、警官が拳銃を扱うシーンなら、どのTV番組よりも現実に近い。また38口径以外、番組で使われる(45口径その他)バライティーに富んだ火器も、事実を忠実に再現している。

 たとえば、ジョン・トラボルタ主演の“ゲット・ショーティー”を見た方なら、エンディングを思い起こしていただければいい。拳銃がジャムった(つまり実包が引っかかった)ため撮影中断というのは、よくあることなのだ。反面“クライム・ストーリー”の撮影中、たまたまジャムった拳銃をファリナが無意識のうち対処したのをカメラは捉えており、監督がそのシーンを使った結果、予期せぬ効果をあげた。

 別のTVヒット・シリーズ“サイモン・アンド・サイモン”の2兄弟が、どちらも実生活でガンパーソンなのを見てもわかるとおり、スクリーンばかりか実際に火器と馴染む役者は多く、アーノルド・シュワルツェネッガーなど、その典型だろう。ボディービルを始めた当初、オーストリア陸軍に在籍していたという彼のバックグランドは、“コマンド"、"プレデター”の地上戦闘シーンから“トゥルー・ライズ"、"イレイザー”に至るまで、随所でうかがえる。

 彼は各種の“デザート・イーグル”がよほどお好きとみえて、“コマンド”ではクローム仕上げの357マグナム、“プレデター”では44マグナム、そして“レッドヒート”劇中、ソビエトの誇る“9.2ミリ・ポドビリン”と称して使っていた銃も、じつは357マグナムの“デザート・イーグル”であった。1番新しいところでは、“イレイザー”で使っているのが、やはりこのイスラエル製超強力オートマチックであり、各種の口径、仕上げ、銃身長と豊富な機種が揃っている。ちなみに、私の愛用する火器の1丁で、去年からアメリカ国内生産を始めた。

 “デザート・イーグル”の詳細はともあれ、シュワルツェネッガーが撮影に入る時、たとえ空砲しか使わない場合も、彼はその前に出来る限り実弾を撃つ。そして、火器のもっとも撃ちやすいポジションを見つけたり、マガジン(弾装)交換の要領など、すべてにわたって扱い方をマスターするのだ。そうすれば、たとえ空砲を撃ってもリアリティーが違う。銃を持てない日本の観客相手なら、そこまでこだわる必要はなかろう。だが、アメリカの観客は厳しい。いくら忙しかろうがボディービルは毎日欠かせない上、演技の研究以外に銃まで撃たなくちゃいけないのだから、肉体派の役者も大変である!

横 井 康 和      


著者からのお断り


このエッセイは、拙著“三文文士の戯言(1989年)”および“続・三文文士の戯言(1990年)”から一部抜粋し、加筆再編したものです。

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