映画と飛行機



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 子供の頃から人一倍模型を作るのが好きだった私は、小学校の夏休みのプロジェクトとして1メートル以上の戦艦ミズリーを完成させた時の喜びを未だに憶えている。大きくなってからは、模型でなく車のエンジンを触ったり、同じメカニックでももっぱら実用的な方面へ目を向けるようになった。ところが、ちょうど10年前、ポルシェを盗まれたためエンジンを触る喜びを奪われ、随分ひさしぶりでラジコンのピッツS-2Aを作ってみたのが右の写真である。

 完成した当初はパイロットがいなくて物足りなく、いざ探し始めれば、これがまた意外と面倒なのだ。この複葉機はスパン(主翼の幅)が1メートル以上あって、縮小率から計算するとパイロットの身長は30センチ弱になる。玩具屋巡りを1週間以上続け、ようやく素材として使えそうな人形を見つけたのが、なんとマイケル・ジャクソン人形であった。その上半身をカットし、額の巻き毛を削り落としたり、かなりの整形をした上で、白いスカーフにボンバー・ジャケットとヘルメットを着せた。ボンバー・ジャケットやヘルメットは本物の皮革を裁断してミシンがけしたわけだ。
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 そうやって完成した姿は右上の写真のとおりだが、これを作った時の苦労を思い出せば、映画のSFX(特撮)はさぞや大変な作業だと思う。まず、左と右下の写真を見ていただきたい。2枚とも1953年度のSF名作“宇宙戦争”からのスナップである。右下は当時唯一のフライング効果であったワイヤーワークを使って火星のウォーマシーンを飛ばしたシーンで、左がその準備中だ。この写真を見ると、いかに多くのワイヤーを使っているかおわかりいただけるだろう。
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 それから40年以上を経た現在、CG(コンピュータ・グラフィック)の発達でワイヤーワークは廃れたかといえば、とんでもない! “お先に失礼!”や“最新情報”でも書いたばかりの“インディペンデンス・デイ”のSFXは素晴らしく、中でも手に汗にぎる地球人のF-18ホーネットエイリアン攻撃機の戦闘シーンが、じつはワイヤーワークやパイロ(爆破)テクニックとCGの結晶なのだ。そのワイヤーワークは“宇宙戦争”の頃と比べてかなり進歩しており、“インディペンデンス・デイ”で使っている手法をさかのぼると、スティーブン・スピルバーグの1984年度監督作“1941”へたどり着く。
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 “1941”の映画としての評価は賛否両論ながら、ハリウッド大通り上空を中型爆撃機P-51マスタングの2機が行ったり来たりの追っ駆けっこを繰り広げるシーンは文句なく素晴らしかった。そもそもワイヤーワークというのは、模型飛行機(や人間その他)をモノフィラメントの糸で吊り、それを消すためライティングや効果を注意深くコントロールして飛行を装う。“1941”では当時のハリウッド大通りのセットもさることながら、その上空を遠くから接近した飛行機が360度横転して飛び去るまでをワンショットで映し出し、1本のワイヤーも見せなかった。まさにモーション・コントロール・カメラという新テクノロジーへの挑戦だ。
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 それが見事な成果をあげた秘密は、A・D・フラワーズが360度横転させる方法を考案した点にある。彼の考案したワイヤーワークの基本は、上から模型を吊る代わり、飛行軸にそってワイヤーを水平方向へ張りつめたものだ(この方法自体はそれ以前からあった)。そして、駆動用のワイヤーが模型の機首に1本、左右の翼へは回転用のワイヤーが1本づつ取り付けられ、それを特殊なウィンチで操作した結果、あの素晴らしい飛行シーン(右写真)が生まれた。

 ワイヤーワークはアイデア次第で、まだまだ可能性がある。また、モーション・コントロール・カメラやCGといったテクノロジーの登場で古くなるどころか、それらと組み合わせれば、今まで不可能だったショットを生み出せるだろう。それを証明するかのごとく、先の“インディペンデンス・デイ”ではパイロテクニック等あらゆるSFXテクニックを駆使してスリリングなシーンを展開している。
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 右下の写真は、エイリアン機の攻撃をかわしながらF-18がグランド・キャニオンを駆け抜けてゆく撮影風景だ。ワイヤーワークで飛ぶF-18とミニチュア・グランドキャニオンに仕掛けた火薬を爆発させるタイミングなど、そうとうな労力が1瞬のシーンへつぎ込まれている。左の写真では、F-18を飛ばす前の最終計算中のスタッフを、パイロマスターのジョー・ビスコシルが下から見守っているところだ。
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 ちなみに、ミニチュア模型を使った撮影の場合、鍵となるのはカメラ・スピードである。模型が小さくなればなるほど実物との間で動きや速度の差は増す。引力の法則が地球上の物体へ影響を及ぼす結果、ミニチュアの動きは、縮小されたぶんだけ速度も遅くしないと不自然になる。たとえば3メートルの自動車を100メートルの崖から落とすシーンを10分の1の模型で撮るなら、崖の高さが10メートルとなり、そこで30センチの自動車を落とせば、いくらなんでも早く落ちすぎるのは容易に想像がつく。したがって、遅くしたいぶんだけカメラを早回しして撮らなくてはならない。

 カメラ・スピードの目安は縮小率の2乗で、建物の破壊、爆発、波、その他、重力が作用するものはすべて当てはまる。つまり、模型の縮小率が2分の1なら秒速33フィート(約10メートル)、そして100分の1なら秒速240フィート(約73メートル)となり、これらの数値はSFXの専門家にとって、いわば常識だ。そして、これがパイロテクニシャンとなれば、カメラを早回しするだけではじゅうぶんじゃない。たとえば、炎上するミニチュアには松材を用い、パラフィン石油の混合物を散布して電気起爆装置で点火したり、一部だけを燃焼させたいなら他の部分をプラスターで作るとか、ミニチュア専用のパイロをデザインする必要がある。

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 縮小率が大きなミニチュアには実寸模型で使用するプロパンガスを応用できるが、その場合、ガス管の噴出孔は小さくしたり、“インディペンデンヅ・デイ”で多用された爆発なら、縮小率のぶんだけパウダーの量を減らすといった方法がとられる。うっかりすると建物の炎上シーンでロウソクのような炎が出たり、航行中の宇宙船のロケット噴射口からモウモウと白い煙が立ち上るなどは、低予算のB級映画でよく見かけるパターンだ。予算が原因ではなく、パイロテクニシャンがミニチュアと実寸のギャップを完全に把握していないせいなのは言うまでもない。したがって、“インディペンデンス・デイ”が成功したのは、
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それだけSFXの担当者が冴えていたってことなのだ(左の写真は、F-18の飛行準備中のパイロテクニシャン)。

 右の写真は砂漠へ緊急着陸をするエイリアン攻撃機で、模型の全長は約4フィート(1.2メートル)だ。この後、F-18を脱出したパイロットが不時着したエイリアン機の実寸模型からパイロット(つまりエイリアン)を・・・・・・これ以上書くとまだ見ていない人に叱られそうなので、そろそろやめておこう。ともかく素晴らしい作品だから、ぜひ見ていただきたい。およそ2時間半という長さを、まったく感じさせない映画である。そして、SFXを担当したドイツ人の天才、ボルカー・エンゲルの手腕へ拍手を!

横 井 康 和      


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