思い出のライジングサン
ハリウッドの映画業界で仕事をしていると、思いがけない出来事に巡り会うことも多い。年中行われる新作映画の試写会や撮影の打ち上げ(ラップ)パーティーを始めとして、スターがオーナーであるレストランの開店祝いやアカデミー授賞式後の豪華なパーティーといった華やかなものから、政治家や地域のリーダーを囲む募金集め(ファンド・レイザー)的な集会まで、全部出席したら体を壊してしまうほどパーティー好きなショービズ人間たち。今でこそ家でワイフとファミコンをしているほうがよっぽど好きな僕も、一時期はいろんな所へ顔を出して情報をあさっていた。そんな時、ふとした話題に興味をそそられたのは、芸能関係の弁護士事務所が主催するカジュアルな雰囲気のカクテル・パーティーでのことだ。
「ジュラシック・パーク」等で有名な作家、マイケル・クライトンが日本叩きをテーマに書いたベストセラー小説「ライジングサン」の映画化に際し、僕の友人で日米協会理事長を務めるアメリカ人、スティーブ・クレメンツがテクニカル・アドバイザー(映画製作での技術顧問)に抜擢されたというのである。
以前からクライトン小説のリサーチの細かさ、データ類の豊富さに魅せられていた僕は、スティーブから20世紀フォックス・スタジオが製作することや、監督はかの名作「ライト・スタッフ」を手がけたフィリップ・コフマン、そしてショーン・コネリーとウェスリー・スナイプスで現在キャスティングが進行中と聞くや、帰宅途中さっそく本屋に立ち寄り、その晩のうちに原作を読み終えてしまった。10代でアメリカへ移住して以来、日本にいた時とは違う観点から日本人という人種を見てきた僕にとって、あの小説で描かれる日本人やその文化を分析する観点がよく理解できた。日本人としてみれば中傷的かつ侮辱的な描写ながら、アメリカおよび世界という視野で見た日本人像は、たぶんクライトンの表現に近いような気がする。ちょうど自分自身の映画プロジェクトの合間でもあり、日本のWOWOWチャンネル「エンターテイメント・レポート」でのバイリンガル・キャスターとしての仕事以外、映画投資の資料作りに明け暮れていた僕は、どうしてもこの作品に参加したい気持ちが沸いてきた。
パーティーの2週間後、スティーブから電話で、「一度、『ライジングサン』のプロダクション・オフィスに遊びに来ないか?」と言われたのを幸い、期待に胸を膨らませて20世紀フォックスのスタジオを訪れたのは、もう暑くなりかけている6月の終わりであった。
俳優稼業でオーディションのため何度も通っているスタジオなのに、その日は何だか初めて来たような興奮を覚え、駐車場からオフィスまで歩きながら、「ダイハード2」のセットで働くスタッフや行き交うエキストラへ、つい「頑張って!」と無言のエールを送っていた。事務所に入ると、もうまるで戦場のような混乱ぶり。机はいっぱいあるけれど、どこで誰が何をしているたら検討はつかず、ただ奥の部屋が仕切られていたので、多分そこはお偉方の部屋だろうと見当がついたぐらいだ。働く人間の数と製作スケジュール表を見ながら、自分がプロデュースする映画との規模の違いに圧倒されていると、写真でしか見たことのないコフマン監督が、前作「ヘンリー&ジューン」の主演俳優フレッド・ウォードと肩を組みながら歩いて来る。すかさず、「ハーイ、フィル! ハーイ、フレッド!」と挨拶をすれば、笑顔で応えたコフマン監督が僕の顔を凝視して、
「君はエディー坂本役のオーディションに来ているのか?」
と尋ね、エディー坂本が主人公の1人である日本人プレイボーイだと小説を読んで知っていた僕は、当然のようにうなずく。その後、ようやく奥の部屋でスティーブを見つけ、何とか今日のキャスティング予定に入れてくれと頼み込む。そして、エディー役の台詞シートを貰うや、図々しくも部屋の片隅で練習を始めた。オーディションを終え、帰りに挨拶がてらコフマン監督の部屋へ行くと、彼は息子でプロデューサーのピーターと何やら話しているところだ。僕を見ると立ち上がって迎えてくれ、ピーターを紹介しながら彼に、「なあ、似てるだろう?」と謎めいた言葉を発し、僕を見る。その意味は、僕が「ブラックレイン」で好演した松田優作と似ているとか・・・・・・以前、若い頃の菅原文太に似ているなどと言われたことはあるが・・・・・・まあ印象が強ければ良しと思い、その場を去った。
結局、エディー役は日系人俳優のケリー田川が獲得し、偶然あの日キャスティングに居合わせたおかげで、僕はエディーのチンピラ軍団4人の1人に選ばれ、それから3ケ月間、リーゼント・ヘアーにサングラスという出で立ちで、ロサンゼルス中を撮影する楽しい日々を過ごすこととなった。
幼い頃、東京で育った2世で、エキストラから這いあがってきた強者のケリー田川は、「ラストエンペラー」の主席宦官役や「ピクチャーブライド」でも好演している。人相は悪いが、すごく素朴で勉強熱心な彼とは、ライフスタイルや人生哲学を分かち合う良き友人となることができた。
黒人刑事役のウェスリー・スナイプスは、スパイク・リー監督の「ジャングル・フィーバー」で認められ、今や人気俳優の1人だが、スター特有の飾りっ気はない。とても気さくで空手愛好家でもある彼は、毎朝ロケ先のセットで僕と武道の柔軟体操をする仲となった。「ホワイトメン・キャント・ジャンプ」で磨いたバスケットの腕もたいしたもので、撮影の合間に、僕達とゲームを楽しんでいた。ニューヨーク出身の彼とは東海岸の話で盛り上がり、今でも時々電話で交友している。最近、ジャッキー・チェンとの共演が決まったと喜んでいた。大御所のショーン・コネリーとは残念ながら交流はなく、というのも、彼はどちらかというと役作りに入れ込むタイプで、演技シーンの他はセットと自分のトレーラーをリムジンで往復するぐらいしか姿を見せない。しかし、実物で見る彼はさすがに貫録十分で、60歳を越えた今もダンディーでセクシーな存在だった。夜明け間近になって、その日最後のシーンを撮ろうと言い張る撮影監督のマイケル・チャップマン(「逃亡者」)と、こんな状況では自分の力が発揮できないから、翌日撮影しようと声を荒げたコネリーの姿に、職人の意地を垣間見たような気がする。
あっという間に過ぎ去った3ケ月間、明け方家を出て夜中に帰宅した日々、カウアイ島に家を立てる構想を嬉しそうに語ってくれた田川の優しい顔、撮り終えた最新作「パッセンジャー57」で初めて得意の空手を使ったアクションが披露できると話してくれたスナイプスの得意げな顔・・・・・・僕がこの素晴らしい思い出と出会えたのも、すべて偶然の巡り会いを生かしたからこそ実現したんだと思う。「幸運はチャンスと準備の巡り会い」と誰かが言ったが、あれ以来、毎日偶然のように起こる出来事や出会いへ注目し、その表面下にある、もっと大きな運命の力みたいなものを実感して生きて行きたいと思いながら暮らしている。