スター最前線




 ユニークなハリウッド最新映画情報の発信基地となるべくウェブサイトを企画し始めた頃、「最前線」という名前を選んだのは、それなりの理由があった。
 ハリウッド映画業界で仕事の輪を広げていくうち、当然ながらスター俳優や有名プロデューサーと出会ったり、彼らの素顔を垣間見るチャンスが多くなる。しかし、日本でアメリカ映画に憧れていた頃は、僕自身、想像もつかなかった、そんな華やかな舞台の最前線でのふれあいを活かし、肌で感じた情報をお届けしたかったのが、そもそもの発想だったからだ。

 現場の臨場感をただ伝えるのではなく、僕がなんらかのインパクトを受けた、その思い入れを伝えたい・・・・・・ラスベガスへはボクシングを見によく行くが、案外、知られていないのは、そこが「スター最前線」であること。ローマ時代の皇帝や富豪がコロシアムでのライオンとキリスト教徒の戦いを熱狂的に好んだごとく、スポーツや映画のスーパースターたちは現代の格闘競技ボクシングへ群がってくる。ボクシング自体の熱狂度もさることながら、彼らが日常経験しているリッチ・ライフを、そして世俗的な醍醐味を味わえる束の間のスリルが、そこにはある。

画像による目次はここをクリックして下さい  僕が映画製作事業を始めた当初からバックアップして下さっている投資家T氏は、ラスベガスでも有数のハイローラー(高額を投じるギャンブラー)で、世紀の大試合といわれるタイトルマッチがある時はカジノから招待されるのが常だ。そして、なかなか取れないリングサイドの席へ、ボクシング・ファンの僕をよく同席させてくれる。ホテルの部屋も常に最高級のスイートで、一時はヒルトン・ホテル最上階のエルビス・プレスリー・スイートへ泊まるという幸運に恵まれた。

 最近、取り壊されてしまったが、屋敷のようなそのスイートは、名前のごとく、もともとプレスリー本人が使っていた専用部屋で、ベッドルームは5つあり、リビングルームたるやキャッチボールができるほど広い。ホテルとは思えない豪華なキッチンや、数人が入れるジャクージ、全自動カーテンからメイド用の出入口、ファンを避けて直接ガレージへ降りるための専用エレベーターなど、まるで別世界だ。リビングのスライド・ドアを開けると、ヒルトンの広大な屋根がベランダ代わりで、眼下には星をまき散らしたようなネオンの不夜城が広がっている。かつて、ここで同じ夜景を見ながらエルビスは何を考えていたのだろう?

 ある朝、巨大な樫の木製の玄関ドアをノックの音がする。スイートのある30階はVIP以外立入禁止なので、誰かがルームサービスでも呼んだのかと思った僕は下着のまま何気なくドアを開けた。その瞬間、なんと頭上にカメラを構えた10人以上のメキシコ人観光客が一斉にシャッターをきるではないか! フラッシュで目がくらんだ僕を残し、彼らは意気揚々とエレベーターへ走り込む。メキシコのどこかのファミリー・アルバムに、下着一枚で口をアングリ開けた僕の写真が飾られているかと思えば、いまだ笑いが止まらない。

 あとから考えると、あの時は不滅のチャンピオンと言われたメキシコの英雄、フリオ・シーザー・チャベスの世界タイトル防衛戦で、何千人ものチャベス・ファンがベガスへ来ていたのだ。彼の試合は数回観戦したが、いつもスリリングなファイトをみせてくれる。最近、若手のホープ、オスカー・デ・ラ・ホヤとの一戦を見た時は、メッタ打ちにされるチャベスと絶対的な強さを誇った全盛期の彼が交差して、もの悲しい想いにかられた。

 このチャベスとデ・ラ・ホヤのような場合は別格だが、ふつうはマイク・タイソンをはじめとするヘビー級の試合へ、とくにスターたちが群がる。いつだったか、巨大カジノ「ミラージュ」のオーナーであるスティーブ・ウィンと隣り合わせたおかげで、やたらとスターが挨拶に来るのだ。そのカジノで最近結婚式を挙げたクリント・イーストウッド、ショートパンツにスニーカーと野球帽が妙に似合うブルース・ウィルス、いかにも高価そうなシルクのスーツできめたマジック・ジョンソン・・・・・・目の前を次々と横切る彼らを見ながら、僕は「ハーイ、ハーイ!」を連発、まるで初めてディズニーランドへ行った少年のごときであった。

 リングサイドでケーブルTV放映の解説をしている元チャンピオン、ジョージ・フォアマンがコマーシャル休憩のあいだに鼻くそをほじくるのを見てほくそ笑み、リングの反対側にいるケビン・コスナーやジャック・ニコルソンを真似て、レイバンのサングラスでカッコつけたりと、結構ミーハー的な楽しみ方で「スター最前線」をエンジョイする僕なのである。

 いつも試合前にリングサイドのスター全員を紹介するのは世界戦の習わしで、スライ(シルベスターの愛称)・スタローン、ジーン・ハックマン(奥様は日本人)、ミッキー・ロークといったところが常連だ。また、パトリック・ユーイングやアロンゾ・モーニングなど、NBAのバスケットボール選手たちもよく来ている。「リーサル・ウェポン」のプロデューサー、ラリー・ゴードンや「ダイハード」のプロデューサー、ジョエル・シルバーが興奮したまなざしでファイトへ見入っていたのは、ひょっとしたら大金を賭けているのかもしれない。

 ボクシングの世界タイトルマッチという華やかな舞台を借りて繰り広げられるハリウッド・スターの特別な社交場、素顔のままラフな出で立ちで気取ることなく現れる彼らの気軽さや、一般人には味わえないリングサイドへ漂う異様な金の匂いを感じつつ、自分自身ではたぶん経験できない思い出作りをさせてくれたT氏に、いつもながら感謝する次第!



(1996年8月1日)

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