カナダで光る星



 過去8作品をプロデュースするうち、撮影セットやロケ地でいろいろな俳優と時を過ごし、さまざまな話題を語り合ったが、見習うべきプロ意識を持つ人がいる反面、二度と係わり合いたくない人もいた。150人のスタッフと数ケ月も顔をつき合わせて過ごすわけだから、時には感情的な葛藤もあり、その辺をうまく調整するのが映画プロデューサーの手腕というもの。

 映画製作という媒体を通じ、性格や毛色の違う人々と交流してきたおかげで、人の扱い方、人への貢献の仕方、自我を殺した和の作り方などを実地で学べたことは、プロデューサーとしてだけでなく、人間的にも大きな収穫だった。そして、スター格の俳優から売り出し中の新人まで数々の俳優をキャスティングしてきた中で、とくに僕が感銘を受けた相手は、意外とハリウッド俳優でなく日本人俳優なのである。

 カナダのアルバータ州とアメリカのモンタナ州の国境に位置する、グレイシャー国立公園内のウォータートンという田舎町で「サムライ・カウボーイ」(邦題:「ワイルドハート/遥かなる荒野へ!」)を撮影した時のことだ。主演の日本人俳優、郷ひろみは、極寒のカルガリー飛行場へ1人でやってきた。製作準備段階での打ち合わせでもアメリカ人のアシスタントを希望し、英語の脚本把握から食事、住まいまで、すべてハリウッド・スタイルでやることを承知してくれた彼は、映画の主人公、佐藤豊のごとく未知への不安を抱きつつ飛行機を降りたに違いない。

 カルガリーから車で約3時間南へ走ると、往年のリゾートタウン、ウォータートンに着く。昔は栄華を極めたらしきロッジ風のホテルが丘の上にある以外はモーテルとレストランが1軒づつ、あとは何もない湖畔の寂れた町だ。着いたら、さっそくマイケル・クーシュ監督との顔合わせ。ニューヨーク在住で鍛えた郷の英語力は、僕の期待を遥かに上回り、監督との脚本会議やスタッフとの打ち合わせを問題なくこなしてゆく。撮影中、言葉のハンディーでトラブルが生じるようなことは一度もなく、むしろベテランの共演者のほうが台詞を間違うぐらいであった。

画像による目次はここをクリックして下さい  東京のエリート・サラリーマン佐藤豊が、親友の過労死をきっかけに、幼い頃から憧れていたカウボーイになるべく、すべてを捨ててモンタナ州へ移住して牧場主となるが、ひどい物件を売られた上、地元住民からは差別される。そんな逆境に立ち向かいながら、悪地主の地上げ陰謀をあばいてローカル・ヒーローとなるこのコメディー・ドラマは、英語を話せるだけでなく、アメリカの田舎で途方にくれる日本人のチャーミングさを出せる俳優がキーポイントだった。当初は日系人俳優を中心に考えていたが、そのうち英語の上手な日本人俳優として郷が浮上する。

 忙しいスケジュールの中、引き受けてもらって撮影に突入した時点では、まだお互い半信半疑というのが正直なところだろう。撮影は吹雪や積雪という厳しい状況で遂行され、早朝や夜中のシーンなど、スタッフが暖房装置の囲りへ群がる極寒のなか、彼だけは防寒が不十分な衣装に不平もこぼさず黙々と演技を続けてゆく。ドロ溜まりで迷子になった子牛を助けるシーンでは、共演女優と全身ドロだらけになりながら、何度もテイクをかさねてくれた。

 乗馬たるや、われわれが雇ったコーチも驚くほどの腕前で、喧嘩のシーンや牛に引きずり回されるシーンのスタントは、すべて自分自身でこなす。ともすれば自我の固まりとなり、ギャラやトレーラー(ロケ地の楽屋)の大きさで自分の位置づけをしたがるハリウッド俳優と違い、文句一つ言わず全力を尽くしてプロに徹した郷。台詞もマーカー(カメラの前で自分が立つ位置の目印)も間違えることがなく、常に笑顔を絶やさずスタッフの中へとけ込む情熱に、つくづく彼をキャスティングして良かったと連日感じさせられた。

 ホテルは製作事務所、モーテルはクルー用、大きな家はスター用にそれぞれ借り切り、町中のバーとレストランはスタッフで満杯と、ほぼウォータートンの町を占領した感があるなか、町の住人をエキストラで使うなど親善にも務めつつ撮影は進んでゆく。一生に一度しかないであろうスモールタウン・ライフを楽しみながらの撮影。毎朝ジョギングで始まり、ストレッチ運動や映画の中で使う予定の武道の立ち回りなどの練習をするのが、郷と僕の日課となる。町の人から貰った熊よけの鈴(効果のほどはともかく、音で自分の存在を知らせ、かつ熊を驚かせて襲われなくする鈴)をぶらさげ、わがもの顔で闊歩する何頭もの鹿をしり目に、霞(かすみ)がかった湖畔の町並みを走った情景が、未だ脳裏に浮かぶ。

 運動の最中や乗馬トレーニングの合間には、彼が成功する前に日本を去った僕のため、もともとは医者志望で、近所の人が勝手に応募したおかげでスターになったいきさつや、歌手として20年以上芸能界で過ごしてきたこと、そして奥さんの由理恵さんとの出会いのエピソードなど、心を砕いて話してくれた。日本でスターとして成功している彼を知らない僕は、かえって話しやすい相手だったのかも知れない。撮影が休みの日は、自分の宿舎へ監督以下の製作スタッフを招き、得意のカレーライスをご馳走したり、近くの町まで映画を見に行ったりと、芯からリラックスして日々を過ごしているようだった。
 それまで僕の頭で出来上がっていたイメージ・・・・・・日本の芸能人とか付人やマネージャー制度、また多くの日本人を配役して制作された「ブラックレイン」のスタッフからの情報などで、プリマドンナ的印象が強かった日本人俳優のイメージを吹き飛ばすような、素朴な人柄の郷だった。

 こうして撮影を続けているところへ、陣中見舞いに現われたのは由理恵さんと娘の薫子ちゃんだ。11月が終わろうというカナダの気候は、想像を絶するほど寒い。クルー全員がももひきから、スキーのジャケット、手袋、毛糸の帽子で完全武装し、ドロまみれの牧場で撮影する一方、由理恵さんは赤い薄手のコートにハイヒールという、まるで「ヴォーグ」のページから抜け出たような服装で撮影風景を見学。相変わらずウェスタンシャツとベスト、そしてカウボーイブーツとテンガロンハットの衣装で役に成りきっている郷の意気込み同様、彼女の都会的なセンスがスタッフの話題の種となる。

 ただ、ウォータートンで一番大きい山小屋風の家を、郷の宿舎に使っていたところ、ちょうど彼女たちが着いた日、ネコほどの大きさのネズミが出没し、眠れぬ一夜を過ごした郷一家。翌日、宿舎を移して事なきを得たと思いきや、ネズミ騒動とあまりの寒さのせいか、由理恵さんは1週間で帰国してしまった。

 と、いろんなハピニングがありながら、吹雪で中止になる日もなく順調に撮影を終え、レコーディングを控えた郷は、その直後あわただしく帰国した。彼が去った後、スタッフの話題といえば、連日、準備万端でセットへ現れるひろみさんの徹底したプロ意識に加え、撮影中の2つのトピック・・・・・・ロケ地の平原で撮影をしていたある日、3台の大型バスが歓声をあげながら近寄って来る。何事かと思った交通整理係のスタッフが迂回させようとすれば、なんとバスの中はカナダへ修学旅行に来た日本人高校生で一杯!
 彼らは郷に会いたいから、撮影が終わるまで待つと言う。しばらくして撮影は一段落つき、バスから降りた生徒数百人のサイン責めにあう郷を見たスタッフが、彼の人気を再認識したのもさることながら、気軽に生徒達と写真を撮る彼の気さくさに感動していた。もっとも、アルバータのド田舎で郷ひろみと会えた生徒達の興奮はわかるが、遠く日本を離れて「普通の人」をエンジョイしていた郷も、突然の出来事にさぞや驚いたことだろう。

 そして、もう1つのトピックとは・・・・・・主人公の豊と彼の牧場の助っ人たちが、何百頭もの牛を運ぶ途上でのキャンプ・シーンを撮っていた時のことだ。眩しいばかりの満月と、キャンプ・ファイヤーを囲んだ彼らを背景に、見張り役の牧童が馬でカメラの前を横切るイントロから、主人公たちの真剣な会話に移行するという芸術的な撮影構図であった。
 いよいよリハーサルを終えて本番となり、カメラの前を横断する馬・・・・・・そこまではよかったのだが、その瞬間、なんと囲りの静寂を破る「ブッ、ビー」という凄じいオナラを放つではないか。必死で笑いをこらえるスタッフが見つめる中、何とか台詞を言おうとする郷も、遂に堪えきれず吹き出してしまった。それを機に全員が抱腹絶倒で転げ回り、続くテイクは何回やっても誰かが吹き出す始末と、まるでメル・ブルックスの「ブレイジング・サドル」を見ているようだった。

 アメリカをはじめ日本以外で興行的な成功を収めたこの作品、残念ながら今のところ日本は配給されないままだ。裸のシーンも暴力シーンもない純粋な映画が受けないトレンドは悲しいが、ハリウッドで立派に主役を務め、ハリウッド・システムの中で堂々と活躍できる日本人俳優の演技が地元の人々の目に触れないのは、もっと悔しい。自分が満足する映画作りをやったという点では一番気に入っているこの映画、これからも世界市場へ焦点を合わせ、観た人が少しでもいいから「人間やってて、よかったな!」と感じるような作品をプロデュースしていきたいと思う。

 ちなみに、「サムライ・カウボーイ」撮影最終日、カナダ人とアメリカ人に囲まれながらの2ケ月間、見事に大役を果たしてくれた郷へ、僕たち全員でサプライズ(ビックリさせるプレゼント)を用意した。撮影スケジュールの最後は、東京のアパートで豊が大好きなウェスタン映画を見ているシーンで、脚本通りのそのシーンは完了。この後、念のためにもう一度という口実でカメラを回し、古いウェスタンがTV画面へ映し出されるはずが・・・・・・代わりに画面を飾った映像は、スタッフ全員が登場する「Thank You Hiromi! That's a wrap!!(ありがとう、ヒロミ! お疲れさま!!)」のビデオだ。それを見た瞬間、郷は形相を崩す。責任を果たした安堵感と未知の世界で何かを成し遂げた喜びが溢れる、すがすがしい笑顔だった。

 彼とのふれあい、そして大自然の中で過ごした日々のおかげで、人間として幅の広がった自分自身を考える時、郷も撮影の記念に贈呈した額入りのキャスト&クルー(出演者とスタッフ全員)写真を見て、あの冬のカナダでの撮影を思い出し、これからのいろいろなチャレンジにアタックしていって欲しいと願っている。

 「人生は目的のない旅」・・・・・・これからも、一期一会を大切に年をとっていきたいと思う僕である!



(1996年9月1日)

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