ハリウッドからメリークリスマス!



 今年もいよいよ大づめ、そこで年末やクリスマスに関する映画のエッセイを・・・・・・といきたいところだが、このシーズン、ハリウッドでは業界自体があまり動かないためトピックも少ない。したがって、せめて気持ちだけは「人に施す」というクリスマス精神に乗っ取った「クリスマス・ストーリー」風のものを書いてみようと思う。

 プロデューサーの仕事を始めて以来、一つだけ困っていることがある。それは、プレミアであれ普通の劇場であれ、映画を見ていると、「この場面はどうやって撮ったのかな?」とか、「このスタントは結構スタンバイに時間がかかっただろうな?」とか考えてしまい、知らず知らず本来の物語展開から逸れてしまうことだ。中でも大型アクション映画などは自分で出来ないジェラシー(?)のせいなのか、編集のミスやら爆発シーンの批評とかが脳裏に浮かび、純粋な映画ファンとしての自分を見失いそうな時もある。また、緊迫したドラマのシーンだと、シーンそのものへ加え、セットの緊張感が伝わってくるようで余分な汗をかく始末。映画を見るたび、今度こそは「映画作り」でなく映画そのものをエンジョイしようと心に誓うのだが、いざ始まるといつのまにやら映画の裏側へ回ってしまっていることが多い。
 映画作りの過程を知り尽くしている僕でさえこうなのだから、本当のファンにとって映画の裏を見てしまうのはかえって興ざめかもしれない。間近でスターが見られる撮影セット見学など、ファンにとってはたまらないことだろうが、意外と関係者以外の人にとってセットやロケ地での撮影風景ほど退屈なものはないのである。

 早朝からのロケの場合、俳優やスタッフのコールタイム(セットへの出勤時間)より数時間早く来て朝食を用意するケータラー(仕出し屋)から、俳優およびプロデューサー、監督のトレーラーを配置するトランスポーテーション(交通)班のスタッフがトップを切って登場。その後、撮影スケジュールに合わせて続々とやって来る俳優やエキストラは、まずケータラー自慢(?)の朝食だ。メニューの内容も、従来のハムエッグ、ソーセージ、ポテト類のスタンダード・ナンバーから、最近の健康ブームを繁栄してか、果物や野菜サンド、コーンフレーク類等と幅広い。
 朝食の間、セットでは助監督班がブレックファースト・ブリート(野菜と卵を炒めた物をトルティアで巻き、ピリカラ・ソースをかけたメキシコ風サンドイッチ)をムシャムシャと頬張りながら、スタンドイン(主演級俳優が用意できるまでの代役)相手のシーン・ブロッキング(撮影パターンの設定)を始めている。主演スターの注文したメニューをトレーラーへ届けるP・A(製作助手)の姿を見かけたり、メーク&ヘアーのトレーラーではアーティストたちが今日出演する役柄のポラロイド写真を見ながら準備を整え、現場が活気づくのはちょうどこの頃だ。

 セットの準備も終わり、長時間かけてビシッと決めた俳優が、メークで衣装をよごさないよう首の回りへティッシュを巻き、プンプンするヘアー・スプレーの香りをまき散らしながら、サードA・D(第三助監督)に連れられて現われると、ようやくリハーサルへ漕ぎ着ける。もっとも、中には電話中とか食事中とかの理由でトレーラーからなかなか出て来ないスターもいて、ウォーキー(トーキー)で助監督に怒鳴られているA・Dの可哀相な姿を見かけることも少なくない。

 マーカー(カメラの前で俳優が立つ位置の目印)を基準としてシーン・ブロッキング兼台詞や動作を交えたカメラ・リハーサルが延々と続く中、出番待ちのエキストラは読書にふけったり最近の業界情報を交換したりで時間をつぶし、セット・デザイン班、ライティング(照明)班は本番を控えてスタンバイ。退屈したスタッフのオアシス的存在なのがスナック・セクションで、ありとあらゆるお菓子類、果物類、飲み物類、そしてクラッカーやチーズなど、盛りだくさんだ。僕は、これこそハリウッド映画業界スタッフの肥満の原因とみている。このセクションもケータラーが仕切っており、気のきいた奴は、午後のひと時、スタッフの志気が鈍ってくる頃合を見計らい、トレイに山盛りのクラッカーとオードブルを持ってセット中を回ったりする。

 俳優がメークとヘアーの最終チェックに戻り、監督と助監督は次の場面の撮影段取りやスケジュールを打ち合わせ、その間がグリップと呼ばれる照明設置班の腕の見せ所といえよう。セット場面の雰囲気や俳優の表情を左右する照明配置、監督やD・P(撮影監督)のビジョンどおり、時には設置不可能と思われる、天井とか階段の踊り場といった場所へさえセットアップしてしまう魔術師まがいの軍団だ。

 このような段階を経てやっと撮影が始まった時点で、早4時間近く経過している。そして、場面シーンをマスター・ショット(正面から)、カバレージ・ショット(側面や異なるアングルから)、クローズアップと、それぞれセットアップを変えながら撮っていくと、2〜3場面撮影したところで昼食時間となり1時間の休憩。  俳優組合、監督組合、エキストラ組合、スタッフ組合と、まるで組合のコンベンションのようなハリウッドでは、コールタイムから何時間以内に食事、何時間以上はオーバータイム料金と、もうキャッシュレジスターと仕事をしているような感じなのだ。そういう点へ細心の注意を払い、プロデューサーが少しでも節約できるよう目を光らせるのは、プロダクション・マネージャー(製作会計係)やライン・プロデューサー(運営担当プロデューサー)といった裏方たちで、いざとなれば悪役に徹してスタッフと揉めることさえ辞さない献身的な彼らの存在なく、スムーズなセットの運営などあり得ない。

 こういう毎日を数週間、数ヶ月間繰り返して撮影が終了し、それから編集を中心としたポスト・プロダクションへと突入する。そのあたりはまたの機会に触れるとして、とりあえず、割り当てられた仕事の無い人がセットで一日中過ごすことが、いかに退屈かおわかり頂けたであろう。

画像による目次はここをクリックして下さい  僕のワイフも例にもれず、最初の作品ではしょっちゅうロケ地やセットを訪れ結構ミーハーしており、親戚まで連れて来る時もあったのが、ある日、僕のプロデュースする映画の1シーンで、その親戚の若い娘さんたちをエキストラに使って以来、すっかりセットから足が遠のいてしまった。中学生と高校生の彼女たちは、僕が映画出演というものはスターでない限り退屈で、傍で見るほど華やかじゃないヨと忠告したものの、やはり出たいと言う。希望をかなえてあげた結果、お目当てのスターは楽屋(トレーラー)に籠りっぱなしで、一目見た以外、あとの時間はブラブラ待つのみと悲惨なパターンの犠牲者となってしまったのだ。親がいくら明日の学校を心配しようと、いっこうに撮影は進む気配がない。セットの中で頑張るスタッフの努力も、知らない者へはイライラの材料でしかなく、最初のシーンに出演した関係上、連続性を保つため次の出演場面が終わるまでリリースしてもらえない(帰れない)厳しさ。夜中の2時頃ラップ(撮影終了)した時、ずっとセット付近で待っていたワイフの、出演こそしなかったが、出演した女の子たち以上に疲れた顔を憶えている。

 その後、たとえロケ地は美しいバンクーバーであろうとロッキーの大自然であろうと、愛犬ムサシと2人で留守番するのが彼女の常だ。僕と一緒にいたい気持ちや離れたくない気持ちはあっても、あの退屈な撮影現場を思うと嫌気がさすのだろう。僕自身、数ケ月を見知らぬ土地で過ごす寂しさや彼女を恋しい気持ちとの葛藤はあるが、なんといっても撮影中は数百人のスタッフに囲まれ、時たまパーティーだってやる。休みがあると映画鑑賞だゴルフだと、忙しいぶんだけ気は楽だと思う。カナダのカルガリーで4ケ月間撮影した時は、さすがに途中で1度ロサンゼルスへ戻ったが、それも出来ないスタッフたちの孤独や家族を想う心境を察すると偲びない。また、別の長期撮影では、彼女が寂しくないよう日本から母を呼んで一緒に留守番してもらった結果、お互いに気を使いすぎたらしく、帰ったら2人とも疲れ果てており、作戦はすっかり裏目に出た。

 こうして撮影現場が苦手な僕のワイフながら、撮影完了時のラップ(打ち上げ)パーティーだけは事情が違うらしく毎回参加している。このパーティーは、なるべくスタッフ全員と交流するよう心がけている僕に会場中を引きずり回されながら、結構楽しくやっている様子なのだ。僕自身、撮り終わって毎回思うことは、「スタッフがまた一緒に仕事をしたいと思える映画製作ができただろうか?」、そして「僕という人間と触れ会うことで、その人の人生がより豊かになるような接し方をしたかどうか?」という2つの課題。映画作りという媒体も、そういう面で徳を積む場だと思うし、いろいろな人から施されて生かされている僕にとって、クリスマスは「感謝の時」でもある。映画人としてだけでなく、1人の人間として、
 「誰をも素晴らしく感じさせる人こそ、真に偉大な人間である」
 の言葉を大切に、人へ施せる自分を目指したいと思う。

 暮れゆく今年も、いろいろな人のおかげで楽しい時を過ごすことができた。過去現在を通じ、映画を製作する過程で知り合った大勢の人々、またその人たち1人1人が僕の映画作りの夢を叶えるプロセスに力を貸せるよう、寂しさや恋しさを越えてそれぞれの家庭を護ってくれた、さらに大勢の家族たち、そして異国の空の下で心細さと戦いながら、いつも僕独自のスタイルで生きることを応援してくれる素晴らしいわがワイフに、心から「メリー・クリスマス!」

“Merry Christmas, Everyone!”and“Merry Christmas, Honey!”



(1996年12月1日)

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