ビバリーで昼食を!



 ハリウッドで最もパワーのある人種、それは俳優をはじめ監督、脚本家の代理人として映画業界を牛耳るエージェントたちだ。彼らの協力なくしてどんな素晴らしい企画も進行しないばかりか、彼らの駆け引き次第でスタジオや配給会社との交渉が決定されるほど影響力は強い。ほとんどユダヤ人からなるこのエージェント業界の頂点に立つのがCAA(Creative Artist Agency)、ICM(International Creative Management)、ウイリアム・モリスの「ビッグスリー」と呼ばれる3社で、たえず俳優の引き抜き合戦や移籍騒動でエンターテイメントの世界を賑わしている。それらの3社が、業界でどれだけのシェアーを占めるかは、当ハリウッド最前線ブルーページの“スター・コレクション・ポスター集”がいい例だ。各スターのファンレターの宛先を見比べると、3社の名前はしつこいぐらい登場するのがおわかりいただけよう。

 CAAを創設した2人のうちの1人は、最近ディズニーの社長を辞任して今後の動向が注目されているマイケル・オビッツだ。もう1人はユニバーサル・スタジオの親会社であるMCAの社長ロン・マイヤーである。この2人が創設したCAAは、ビバリーヒルズの目抜き通りウィルシャー大通りとサンタモニカ大通りの交差点に本社ビルがあり、それを設計したI・M・ペイはルーブル美術館三角館も手がけた世界的建築家。このゴージャスな大理石の建物が象徴するごとく、CAAの強みは派手さとクライアント層の厚さといえよう。代表的なクライアントとしてトム・クルーズ、デニス・ホッパー、マイケル・ダグラス等を抱える彼らも、辣腕エージェントとして恐れられたオビッツ氏の穴埋めに必死というのが現状だ。

 その本社ビルへ入ると、中は5つ星のホテルと見まがうような玄関ロビーで、時価数百万ドルといわれる金属製の巨大で抽象的な彫刻が目につく。ロビー右側は50人収容可能な映画試写室、左側に並ぶ接客カウンターへ数名の美女が控えている。中央のソファーは来客用で、いかにも座り心地が良さそうだ。来客は全員、たとえアポをとろうが、そこで待たなくてはならない。エレベーターと螺旋階段で網羅された3階建のビル内が全館吹き抜けとなっているのは、スタッフ同士の会話や触れ合いを奨励するためオビッツ氏自身が提案したもので、アルマーニやボス、ベルサーチで身を固めたエージントたちが手すり越しに意見を交換する姿を、あっちこっちで見かけるもCAAならではだろう。現在、僕が企画中の“イージーライダー2”をパッケージ(後出)してもらったり、“オルテリア・モーティブズ”の製作時は主演スター、トーマス・イアン・グリフィス("ベスト・キッド3")のエージェントという関係上、いろいろ援助を受けたエージェントなので個人的な思い出も深い。

 1年半前、数ブロック北のビバリー大通りから僕のオフィスがあるウィルシャー大通りのビルと目と鼻の先へ引っ越してきたICMは、アーノルド・シュワルツェネッガーやメル・ギブソンを代理し、若手監督ロバート・ロドリゲス("デスペラード")を発見したことでも有名だ。僕自身、“アット・ホーム・ウィズ・ウェバーズ”で監督に抜擢したブラッド・マーロウ("Wednesday's Child")のエージェントとして映画全体のキャステイングから配給交渉までをサポートしてもらったり、今もプロデューサーとしてのエージェント契約を結んでいる。

 同じビバリーヒルズで大通りから少し外れた静かな地域に位置するのが老舗のウィリアム・モリス・エージェンシー、往年のハリウッドを代表するフランク・シナトラやディーン・マーチンのエージェントとして一世を風靡した。しかし、前出2社の台頭で一時は売却の噂が出るぐらい不振に陥りながらも、最近はベテラン、クリント・イーストウッドや鬼才クインテン・タランチーノの活躍で調子を戻しつつあるところだ。

 こういった大手エージェンシーの主な仕事は、代理する俳優、監督、脚本家、プロデューサーへ仕事を獲得するばかりでなく、もっともっと幅広い。クライアントが企画に就いた後の労働環境を確認したり、宣伝、PR部門を仕切るパブリシストとの連携、あるいは雑誌インタビューやTV出演におけるイメージ的な部分をマネージャーと検討するなど、広範囲な世話係としての業務内容は日本の芸能プロダクションと似ている。そのほか、スタジオ映画の場合だと監督から重要な配役陣すべてを自社代理クライアントから出させてしまうパッケージング・エージェントの役目も果たす。

 最近、このエージェンシーのパッケージ業務が、机上の企画を実現させたり、新進スターのプロモートへ果たす役割の重要性を増している。たとえば、あるスタジオでションー・コネリー主演のドラマ企画を構想する時、当然その作品のプロデューサーはショーンを代理するエージェンシーに掛け合う。そこでシビアーなエージェントなら、銀行のエスクロー口座へ“ペイ・オア・プレイ”と呼ぶ見せ金の入金を要求することがあり、それは脚本を検討したショーンが出演受諾後、何らかの理由で企画を中断すれば没収されて戻らない。僕たち独立プロデューサーにとって、こういった条件は非常に厳しいものだ。

 のみならず、もしショーンが欲しいのなら、うちの新人○○と脇役の××を一緒に使わなければディールは出来ないとか、もし作品がヒットして続編を製作する場合、興行収益のグロス・パーセンテージ(経費を差し引く前の総収入に対する歩合)契約という項目を契約書へ挿入したり、監督はうちの○×を抜擢しない限りショーンに脚本も見せないなど、かなり強引な手法で製作側を牛耳ろうとする。仏のような僕でさえ、交渉中の高慢な態度が我慢できず電話を切った経験もあるぐらい、この業界では「押し」がものをいう。

 トム・クルーズの最新ヒット“エージェント”はスポーツ・エージェントがテーマながら、クライアントと代理人が結束した、

 “Show me the money !!”という叫び声はハリウッドでも変わらず、そんな傲慢でいやらしく携帯電話とBMWに象徴されるエージェント・タイプたちが交す合い言葉は、

 “Let's do lunch !!”これを「飯でもどう?」と訳して間違いないのだが、行間にはもう少し微妙なニュアンスを含み、そこからパワー・ランチへ加速して企画がまとまるというハプニングはしばしばらしい。そして、同じ業界の中でも、シュワルツェネッガーのエージェント、重鎮リー・マッケルベニーのようなリムジンでビバリーヒルズを駆け回る紳士タイプがいれば、そうでないタイプもいる。頭には手柄をたてること、つまりクライアントへ輝かしいディールを契約させて自分がエージェンシーのトップの座に着くことしかない後者も多く、彼らをヤング・タークス(若きヤリ手軍団)と呼ぶ。タイプはどうあれ、ライバル・エージェンシーや製作プロデューサーと食うか食われるかの仕事上、かなりストレスが溜まるのは確かだ。シドニー・ポワチエ("スニーカーズ")やサム・ライミ監督("ダークマン")を担当するCAAきっての辣腕エージェントだった僕の友人ジョナサン・ワイズガルの場合、バーン・アウト(労働意欲喪失)症候群のため華麗なるエージェント業から足を洗う羽目となった。

 人を見ることより人に見られることがトレンディーなビバリーヒルズでは、彼らが好むレストランも自然と個人のスタイルやタイプによって変わるらしい。ベテラン・エージェントたちへ人気のある店は、旧ICMビルから近いビバリー大通りのイタリア料理「マデオ」、ロデオ・ドライブ近くの老舗「グリル」、“アメリカン・ジゴロ”でも紹介されるリトル・サンタモニカ通りの今はなき「ラ・スカラ」などがある。「マデオ」は北イタリア地方のトップ・シェフを抱え、シーフード・リゾットや自家製デザートなどが絶品だし、「グリル」のエレガントな雰囲気はエージェントたちのリッチな背広(スーツ)とマッチして、まさしく絵画の世界といえよう。ビバリーヒルズから少しはずれるが、サンセット大通り沿のフランス料理「レ・ドーム」も彼らのお気に入りで、年輩の超一流エージェントの社交場というイメージさえあるこの店は、かなりのコネがないとランチ・タイムの予約は無理なぐらいだ。

 一転してヤッピー・エージェントたちへ人気が高いのは、ビバリーヒルズの中心街にあるロバート・デ・ニーロの店「トライベッカ」、カウンター・バーもあってカジュアルなムードの「RJ's」、映画スターやその取り巻きエージェントでいつも一杯なのがラシエネガ大通りの日本料理「松久」・・・・・・ここは最近、デ・ニーロとの共同出資でニューヨークへ姉妹店「Nobu」を出したばかり・・・・・・年輩のエージェントたちが昔からの癖でマティーニやマンハッタンを飲むのと対照的に、若手エージェントは高価な炭酸水ペリグリーノやペリエをすすりながら、クライアントの近況や交渉中の契約の話題で花を咲かせている。ネクタイの柄から話題性、そして会話のトーンへ至るまで、やはり若者特有のエネルギーが発散する彼らと比べ、ベテラン・グループのランチは、まるでマフィアの寄り合いといったムードが漂う。

 最近、その両グループに受けている「ケイト・マンテリーニ」という店は、ちょうど僕のオフィスがあるビルの隣だ。彼らのトレンディー・スポットとなったのは、ビッグスリーのどれからも地理的に近く、洒落たインテリアや壁画のせいだろう。名前ほどイタリアンっぽくなく、どちらかといえば南カリフォリニア風の料理を出すレストランで、吹き抜けの空間が快く、ランチ・タイムともなると戦場のような忙しさだ。ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノの共演で話題を呼んだ“ヒート”をはじめ、ここでロケした映画は結構多い。連日、見かけるスターや有名監督たち、たっぷり量のあるサラダやサンドイッチを食べながらパワー・ランチの宴を繰り広げる彼ら・・・・・・僕自身、たまにはその一人として加わるのだが・・・・・・その光景は、まさにショービズ世界の縮図といった感がある。

画像による目次はここをクリックして下さい  時おり見かけるスターの中で、もの静かなクリスチャン・スレーター("ブロークン・アロー")は注意していないと見過ごすだろう。端のブースで脚本を読んでいることがあり、声をかけるととても気さくな好青年でスター気取りなど少しもない。“アット・ホーム・ウィズ・ウェバーズ”へ友情出演してくれたアリッサ・ミラノ(写真)は、この頃めっきりセクシーになったが、彼女と初めて会ったのもここだ。初対面から「一緒に座ろうョ」と言うほどカジュアルな性格の持ち主で、スター特有のオントラージ(取り巻き)を引き連れ大声でハシャぐエディー・マーフィーやブルース・ウィリスとは好対照の印象を受けた。

 ともあれ、華麗な外観の陰でいろいろな思惑がひしめき合うハリウッド劇は、今日もビバリーヒルズ界隈の高級レストランを舞台に繰り広げられている。映画鑑賞の際、その舞台裏で暗躍するエージェントたちの脂ぎった顔やジェルで固めたヘアー・スタイルを思い浮かべることもお忘れなく。そして、海外旅行などでロサンゼルズへ来る機会があれば、これらビバリーのホット・スポットでの昼食も一考かと思う。その時、映画製作やスター誕生に欠かせぬ存在のエージェントが注目し、

 “Let's do lunch!!”と、もしも呼びかけたなら、たび重なる僕の恨みを晴らすべく、彼らへは落着いた声でこう応えて欲しい。

 “Don't call me, I'll call you.(連絡なら、こちらからさせて頂きます)”と・・・・・・



(1997年3月1日)


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