ブルース・リーよ永遠に!



 1973年に33歳の若さで不慮の死を遂げてから25年の歳月が流れた今も、世界中の武道愛好家や空手アクション映画ファンへ神様のような存在として慕われ、相変わらず人気の衰えぬブルース・リーである。彼の発する“怪鳥音”やバレーのごとき華麗な動きに魅せられて武道を始めた少年は数知れず、その中でハリウッド・スターへと育った者が意外と多いばかりか、彼の影響力の強さは当時無名の共演者が成功している例にも窺(うかが)えよう。

 ブルース自ら監督した“ドラゴンへの道”で敵役を演じたチャック・ノリスは、後にベトナム戦争捕虜を描いた“ブラドック”シリーズ他で名を成し、50歳を越えた今も人気TVシリーズ“ウォーカー・テキサス・レンジャー”のタフガイぶりで健在だ。また、“マッスル・フロム・ブリュッセル”のキャッチフレーズで数々の空手アクション映画へ主演するジャン・クロード・バン・ダム("ダブル・チーム")や、低予算アクション界の帝王ドン“ザ・ドラゴン”ウィルソンがいる他、僕の作品“オルテリア・モーティブズ”に主演したトーマス・イアン・グリフィスは、現在ジョン・カーペンター監督("エスケープ・フロムL・A")が製作中の新作“バンパイア”の主役でがんばっている。

 今でこそ映画の空手アクションは日常茶飯事ながら、ブルースが初めて出演したTVシリーズ“グリーン・ホーネット”で空手キックを披露した時は、共演者やスタッフへさぞかし新鮮かつ強烈な印象を与えたに違いない。スコット・ジェイソン・リーが好演するブルースの伝記映画“ドラゴン”は、そのセンセーショナルな雰囲気を上手く描いており、ハリウッド・ドリームを成し遂げた彼のエネルギーが伝わってくる映画ファン必見の秀作だ。このジェイソンは、いま“グリーン・ホーネット”の映画リメイク版で主役候補というあたりも、何か因縁めいた気がする。

画像による目次はここをクリックして下さい  今をときめく黒人アクション・スター、ウェスリー・スナイプス("マネートレイン")も“燃えよドラゴン”を飽きるほど見ながら育った少年の1人だ。ニューヨークのブロンクス区といえばニューヨーク・ヤンキーズの本拠地ヤンキー・スタジアムで知られる一方、じつはマイク・タイソンが喧嘩に明け暮れた幼年時を過ごした無法地帯でもある。そこで育ったウェスリーは身体が小さく毎日虐めの対象であり、最初は自己防衛の手段として武道を習い始めた結果、その精神的な魅力へのめり込む。

 いつしか虐められた恨みを忘れてしまうほど、稽古に明け暮れる毎日を送ったおかげでギャングへ足を染めることなく、成長してからも修行を続けた彼の華麗な技は“パッセンジャー57”や“ドロップ・ゾーン”で発揮されている。そのウェスリーと“ライジング・サン”の撮影で12週間を共に過ごし、改めて感銘を受けたのが、自分のトレーラーの横で毎朝トレーナーとストレッチやシャドウに励む彼の姿であった。まさしくマーシャル・アーチストとしての「生涯修行」の教えを地で行くイメージなのだ。

 食事や出番待ちの際、共演した東洋人たちとテーブルを囲み、武道談義で花を咲かせるウェスリーが、武道を通じて一番のレッスン(教え)は「どんな時でも処理できない問題などない」という自信を得たことだと言っていたのを思い出す。時として混乱状態へ陥る映画のセット、それにもまして困惑しがちな日々の私生活、問題が起こったりパニックと直面した時、僕はウェスリーの言葉を思い出すようにしている。そして、アクション・スターとしてばかりか、深みのある演技派男優として存在感が増してきた彼を見るたび、改めてブルース・リーの偉大さを想う。

 ウェスリーとの出会いより遡(さかのぼ)った10数年前、駆け出し俳優の僕は必死でハリウッドを駆け回る生活を送っていた。そんなある日、合気道を学ぶ友人の稽古を見に行った時のことだ。北ハリウッドでもあまり治安がよくない地域の古びたビルの一角、“天心道場”という名の道場へ着くと、ローマ字で「先生」と書かれた駐車スポットには茶色のポルシェが停まっている。何か場違いな感じを抱きながら道場へ入ると、中は畳敷きの蛍光灯が眩しい小綺麗な空間であった。

 濃紺の稽古着に端正な顔立ちの白人師範は身長が約190センチ、稽古を日本人の師範代へ任せた彼は、玄関口で立つ僕のほうに歩いてくるなり、流暢な日本語を話し出す。武道の経歴や個人的なことを聞かれ、テコンドーをやっていると答えた僕へ、

 「じゃあ、思いきり私の胸をパンチして下さい」と、何やら大阪弁訛りのある日本語で言う。僕が躊躇しながら繰り出した手加減気味のパンチを受け、「もっと本気でやって結構です」と言い返す彼に、それではお言葉に甘えてとばかり、自分の頭の高さと変わらぬ相手の胸ぐら目がけ、強烈なパンチを放つ・・・・・・が、次の瞬間、僕の腕はねじ上げられ、骨が折れるほどの痛みを覚えていた。電光石火の早技で関節を決めた手を緩め、「これが僕の合気道です」と笑みを浮かべる相手は、一回り大きく見えたのが今も忘れられない。

 数日後、この静かなる武道へ魅せられた僕の手には1枚の入会案内書があった。「師範武栄道(たけ しげみち)」の名へ添えられた写真は、長身の師範が数人の受け手を投げ飛ばす瞬間のスナップだ。19歳で日本に渡り、白人として初めての道場を開き、まだ帰国したばかりだという。じつは、その武先生こそ、今をときめく国際アクション・スター、スティーブン・セガールなのである。

 いま思えば無名の頃から「カリスマ性」があり、稽古の始め師範代を相手に技を披露する姿はスクリーンの勇姿そのものだ。わがまま、プリマドンナ的と、ハリウッドであまり評判が良くないのは、彼独特の“自信満々”な態度が自惚(うぬぼ)れに見られてしまうのだと思う。デビュー作“刑事ニコ/法の死角”では、僕のためにわざわざアンドリュー・デービス監督(後に“逃亡者"、"沈黙の艦隊”他を監督)とのインタビューをセットアップしてくれたり、第2作“ハード・トゥー・キル”で日本人技師役を回すため、海外へ旅行中の僕を捜してくれたり、あの怖いイメージから想像できないほど繊細で寛大な心を持つ人なのだ。

 天心道場に弟子入り後、稽古前のストレッチをしているところへ、いつものようにジーンズと黒いジャケット姿の武先生が、どこかで見たような美女を連れて入って来た。「婚約者(フィアンセ)」として紹介された相手の顔をマジマジと眺めるうち、僕の脳裏にハッと閃く。メークこそしていないものの、その忘れがたいセクシーな唇は、まぎれもなく“赤いドレスの女”で主演した元モデルの女優、ケリー・ラブロックだ。と、彼女の向かい側へすわった武先生が僕の目をじっと見据え、

 「マックス、僕はね、ぜったい大きなスタジオ映画の主役スターになってみせるからね!」と呟く。その大柄な体格と長髪を束ねたポニー・テイルから発散する強烈な「気」を感じながら、未来の自分の姿を確信するエネルギーが一塊りとなって、それを実現すべく北ハリウッドの小さな道場から宇宙へ広がってゆくのを、僕はこの目で見たような気がした。

 そして数週間後、夢は現実に向かってスタートをきるごとく、弟子の1人であり、当時“ハリウッド随一のパワー・ブローカー”といわれたCAA会長マイケル・オビッツ氏が、あるイベントを演出する。内容はワーナーブラザーズ重役向けの合気道の演舞で、これがきっかけとなり、演技の経験もない1人の男はハリウッド・ドリームを歩み始めるのだ。スターダムの昇る彼と並行し、天心道場も北ハリウッドからトレンディーな西ハリウッドへ、さらに西ロサンゼルスへと移り、そこでは今も武先生の夢を育みながら昔と変わらぬ稽古風景が続く。環境問題などを織り込んだテーマで独自のアクション映画を展開する映画スター、セガールの中にも「ブルースの末裔」はしっかり息吹いている。

 武道を売り物にする俳優、たまたま武道に精通している俳優、まったく武道を知らぬ空手アクション・スター・・・・・・タイプこそ様々だが、もはやハリウッドは“空手”なくしてアクション映画が語れぬところまで進化した。無名の日本人から一世を風靡するに至る“忍者俳優”ショー・コスギは武道経験豊富な一方、ブルースが香港へ傷心の帰国を思い立つ引金となったTVシリーズ“カンフー”で長年主演を務めるデビッド・キャラディンなど、喧嘩早いだけで武道の「ぶ」の字も知らない素人だ。

 最近では前出のバン・ダムが武道歴の信憑性をとやかく言われる声もあったように、アクション・スターとその実力は世間話のいいネタらしい。しかし、ジョン・ウェインがハリウッド一の拳銃使いでなかったごとく、スクリーンを通じて観客へ強そうだと思わせる演技力さえあれば、実際は強かろうと弱かろうと関係ないのである。キャスティングで、よく売り出し中の俳優が「俺はブルース・リーばりのマーシャル・アーチスト」とか「実戦ならシガールでも負かしてみせる」と自慢するが、これほど馬鹿げたセールス・トークはなかろう。カメラのアングルを研究し、どの横顔(プロフィール)、どの技の「捌(さばき)き方」が一番映えるか、映像センスを磨いてこそスクリーンから観客へ訴えかけるだけの説得力を養えるのではなかろうか。本物の空手アクション・スターと本物の空手チャンピオンが別物なのを忘れ、俳優稼業に憧れることだけはやめたほうがいい。

 ともあれ、言葉抜きで理解できるジャンルとして、これからもアクション映画の人気が衰えることはない思う。ただ、第2のブルース、第2のセガールでなく、彼等が銀幕へ躍り出た頃のインパクト、あの新鮮な魅力を感じさせるオリジナル・スターの誕生を期して止まないのは僕ばかりではあるまい。その僕自身、自分なりの世界で自分にしか創造できない新しい世界を求め、試行錯誤を繰り返す。

 滑稽さで独自の人気を獲得したジャッキー・チェン、斬新な“空手ボンド・ガール”ミッシェル・イェオなど、このところアジア方面からの進出も目立ち、21世紀へ向かって新しいタイプのアクション・ヒーローが生まれそうな兆しには、今ごろ草場の陰でほくそ笑むブルースの顔が浮かぶ。生前、ここまでの貢献度を当人は想像すらしていないはずだ。

 今年も駆け足でやってきたクリスマス、そして師走の季節。ハリウッドで生きながら武道に携(たずさ)る者の1人として、またこの素晴らしい惑星の1生命体として、ブルース・リーが言った「内なるエネルギーを外界と分かち合う」人間となれるよう、心密かに望む僕である・・・・・・

 「メリー・クリスマス、ブルース、安らかな眠りを!」



(1997年12月1日)


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