映画とポスター
映画館に行くと、おもてのショーウィンドウやロビーで上演中の映画シーンから何駒か拾った写真が飾ってある。「ロビーカード」と呼ばれるそれらの写真は、マニアの間で「ポスター」と並ぶコレクターズ・アイテム、いわばミニチュア・ポスターだ。このロビーカードやポスターが今回のテーマであり、アメリカの蒐集家(コレクター)にまつわる「三文文士の戯言(エッセイ)」をお届けしたい。
さて、蒐集家(コレクター)というのは何処(いずこ)の国でも変わらないと思うが、ハリウッド映画のオリジナル・ポスターやロビーカードはアメリカでいくらぐらいの相場なのであろうか?・・・・・・というわけで、ハリウッド・スターの代表選手、エルビス・プレスリーとマリリン・モンローを例に、いくつか紹介してみよう。
プレスリーが初めて銀幕へ登場するのは、南北戦争直後のアメリカ南部を舞台に、恋と金欲絡みで対立する兄弟の憎しみや愛情を描いたドラマ“やさしく愛して(1956年)”であった。その後、出演した数多くの作品と比べ、このポスターの希少価値が高いのは、やはり記念すべきデビュー作であることや、同じ理由から先が見えない映画会社は枚数を控えてポスターを刷ったであろうことを思えば当然の結果かもしれない。オークションの取引値が、だいたい1枚350ドル〜500ドルといったところ。
続いて紹介するのは、プレスリーの代表作でもある“監獄ロック(1957年)"、ロビーカード8枚のうちの1枚が右に写真だ。程度のいい物だと1枚の相場は75ドル〜100ドルぐらい、1964年2月の「クリスティー」という有名なオークションでは全8枚組セットへ1,000ドルの値がついた。プレスリーのロビーカードとしては、もっとも希少価値がある映画の1つといえる。
1963年の「ケネディー暗殺事件」は、まだ中学生のわたしに大きなショックであった。その翌年といえば「東京オリンピック」で日本中が沸く。1956年から1972年まで、ライブ・ステージのドキュメンタリーを含めて33本あるプレスリー映画の大半は見たが、一番集中しているのは、この時期だったと思う。プレスリーが初めてアン・マーグレットと共演した“ラスベガス万才(1964年)”は、それらの中でも特に印象が深い。ただ、思い浮かぶシーンの大半は溌剌(はつらつ)としたアン・マーグレットのみなのだが!?・・・・・・ともあれ、何種類か作られたポスターは、100cm×150cmの大判が1995年10月のオークションで2,500ドル、また200cm×200cmという珍しいサイズのものは1,100ドルの高値がついた。もっとも多いサイズは55cm×70cm。
当“ハリウッド最前線/ブルーマガジン”の“ポスター・ギャラリー”をご覧いただいても、現在ほとんどの映画ポスターが68cm×100cmという規格サイズを採用しており、その点、プレスリーのポスターは規格外れが多い。そもそもドライブイン劇場用に作られた100cm×150cmのような大判を最近は必要としなかったり、時代のニーズが変わったせいもある。しかし、結局は彼の人気のバロメーターと解釈すべきだろう。
なお、蒐集家(コレクター)が大判ポスターを売買する時、折り目の入ったものとそうでないものは、当然ながら後者のほうが高い。もっとも、みんな手放さないとみえて、オリジナルの大判ポスターはほとんど史上へ出ることはないようだ。もし、アメリカの新聞その他で幸運にも「売り物」を見つけた場合、“Rolled Original”とか“No Folds”の説明書きがあれば、それは「折り目のないぶんだけ高いですよ!」と囁(ささや)きかけているのだ。
大判ポスターはさておき、一般的なサイズ(55cm×70cm)でプレスリーのポスターをあと3枚あげておく。写真の左から、“ガール・ガール・ガール(1062年)”が65ドル、“いかすぜ! この恋(1965年)”が80ドル、“嵐の季節(1960年)”が65ドルで、それぞれ売りに出ているのを見つけた。ちなみに、最後の“嵐の季節”は75cm×100cm版の折り目なしも80ドルであったから、こちらのほうがお買い得かもしれない。
プレスリーのポスターは、いちおうこれぐらいで、そろそろマリリン・モンローへご登場願おう・・・・・・巨匠ジョン・ヒューストン監督作“アスファルト・ジャングル(1950年)”の製作が、時には1954年となっているのは、それなりの理由がある。初上演の時は、ほんの脇役でポスターへも登場していないモンローが売れ始めた結果、4年後、あたかも彼女を主役のごとく装いだけ替えて再上演されたためだ。したがって、彼女がフィーチャーされたポスターの話をするなら、この映画を1954年度作と捉(とら)えるのは正しいだろう。
オリジナルの上演から4年後のモンロー版オリジナルがコレクターズ・アイテムとなり、1994年のオークションで落ちた値段は1,200ドルと聞けば、なんとなくオリジナル(1950年版)ポスターが気の毒な気もする。右の写真は、その('50年代版オリジナルでなく)再版されたロビーカードで、200ドルの売値がついていた。
次の“七年目の浮気(1955年)”は、れっきとしたモンロー主演作で、1952年にヒットしたブロードウェイ・ミュージカルを映画化したコメディーだ。モンローのセクシーな魅力を存分に引き出した、かのビリー・ワイルダー監督のウィットに富んだ演出が光っている。このオリジナル・ポスターは1994年12月のオークションで3,500ドル、1995年2月のオークションで、それを上回る4,000ドルの値がつく。
最後にご紹介する“バス停留所(1956年)”のポスターは、ちょっと毛色が変わったフランス版のオリジナル、105cm×158cmという大判ながら350ドルの売り値であった。ちなみに、この映画は彼女のトボケた演技がなかなか好評で、ニューヨーク・タイムズ紙などは「ついに女優となったモンロー!」と書き、それも評判になっている。
さて、ここで取り上げた9枚のポスターをよく見ると、2枚が縦長である以外すべて横長だ。モンローの“億万長者と結婚する方法”など、他の作品も含め、当時はけっこう多かったこのパターンが最近はほとんど見かけない。過去何年かのヒット映画を振り返り、縦長の規格サイズでなく思い浮かぶポスターといえば、せいぜいケビン・コスナーの“ウォーターワールド(横長の規格サイズ)”か“ジュラシック・パーク(正方形に近い横長)”ぐらいである。これも時代の流れだろう。
ところで、あなたが蒐集家(コレクター)でない場合、これらのポスターやロビーカードを自室の壁に飾るため、なにもオークションで大枚をはたく必要はない。色あせたオリジナルより、遙かに安価で新品同様のリプリントが出回っているのを買えばいいわけだ。パネル加工やフレーム加工を含め、それらを扱う店は日本でも多いと思う。ただ、日本の住宅事情を考えてみると、68cm×100cmの規格サイズが、やや大きすぎる嫌いはあるかもしれない。
そこで、蒐集家(コレクター)以外の、ただ部屋へハリウッドの雰囲気を持ち込みたいかたにお薦めしたいのが、ある程度の洋書店なら必ず置いているハリウッド・ポスター集だ。大判のやつをバラしてパネル加工やフレーム加工をすると、ちょうど手頃なサイズばかりか、ポスターより格段のコスト・パフォーマンスなのである。この手を使っておられるかたは「何を今さら!」と思われるアイデアだが、それ以外のかたへ少しでも参考になれば何よりだ。
横 井 康 和