芸者ツアー (上)
これまで私は結婚こそしなかったが、長年、生活を共にした婚約者は2人いる。音楽であれ文章であれ、自分が物を創る人間であり、相手は1人が女優、1人が歌手という職業柄、いい面では創作を刺激し合える反面、エゴがぶつかり合う時は、些細なことまで引っかかってしまう。しかし、面白いもので、いま振り返ると彼女たちと口論した思い出のほうが、むしろ懐かしい。
いっぽう、楽しい思い出の中には楽しさを通り越して我ながら呆れるほどの出来事が、ままあった。そんな意味では、同業者の歌手であるシンシアとの関係のほうが過激だったと思う。そもそもシンシア・マンレイと知り合うきっかけは、私が自分自身のアルバムをレコーディング中であるA&Mスタジオのエンジニアから誘われ、“マダム・ウォン”へ彼女のショーを見に行った時だ。
彼女のことを知らなかった私は、そのエンジニアがシンシアはアトランティック・レコードの専属アーティストで、シングルがビルボードのトップ10に入っていると言われてもピンとこない。ただ、抜群の歌唱力だと聞いて、レコーディングが終わった後、彼と2人で出かけることにした。ショーは我々が着いてすぐ始まり、それから1時間近くは予想外の迫力で圧倒される。
当時のシンシア
ショーが終わってエンジニアはシンシアを紹介してくれたものの、どこの馬の骨ともわからぬ私が彼女の眼中になかったのは確かだ。しかし、どう思われようが私は自分のアルバムで彼女の歌を使いたくなっていた。下手な交渉よりも曲を聞かせるほうが話は早く、相手が興味を示さなければ諦めるしかない。そこで、後日、エンジニアへ彼女を私のレコーディングに無理やり招待してもらう。
当時、私のホームベースであったA&MのスタジオCは、ジョニー・ミッチェルが1枚を除く全アルバムのレコーディングで使ったスタジオでもある。幸いシンシアは私の曲へ興味を示し、その時が実質的な彼女との出会いであった。以来、しばらくはミュージシャン同士のつき合いが続く。彼女は彼女で自分のバンドがあり、私自身、レコーディング以外は自分のバンドでライブ活動に追われ、ある程度の距離を置いたつき合いがお互いを知る上で良かったのかもしれない。
そうこうするうち、ミュージシャン同士の域を超えてつき合い始めた我々は、ふとしたきっかけで日本へ行く機会を持つ。音楽と平行して設立したプロダクション業務の関連から日本に出張する際、同行者はこの世界旅行記第1話“チェニジアの夜”でも登場した実業家のHである。そして、彼がシンシアを連れて行くことを提案したばかりか、「婚前旅行」のプレゼントとして、もともとはビジネス・クラスであった我々の席をファースト・クラスへ変更してくれた。
いざ出発の日が来ると、日本は初めてのシンシアだけに、かなりの興奮度だ。その勢いで私やHまでが盛り上がり、JAL61便の離陸する頃、早くもドン・ペリニョンは1本空き、2時間ばかり経った頃、ファースト・クラスの定量がすべて空く。それから一段づつ格を下げながら違う銘柄(ブランド)のシャンパンを飲み続けるうち成田まではあと1時間、14本目のシャンパンを飲み終え、それが最後の瓶(ボトル)だったらしい。スチュワーデスは詫びるが、もうじゅうぶんである。
シャンパンが切れたところで入国手続きの準備を始めて間もなく、
友人の結婚式に出席した帰り
「ありました! 後ろに1本だけ残ってました!」と、息をきらして15本目のシャンパンを差し出すスチュワーデスの嬉しそうな顔は未だ忘れない。こちらが呆れるほどの彼女の職業意識へ敬意を表し、味はどうあれ最後のシャンパンを飲み終える頃、いつしか成田に着いていた。
こうして出だしからドサクサの「婚前旅行」が、その後ますますエスカレートするとは、この時点で誰が予測できようか!? ともあれ、本来の帰国の目的である仕事の前にシンシアと休暇を満喫する予定で、Hと別れた我々は数日を東京で過ごす。桑名兄妹らの昔馴染みと会ったり、楽しい一時(ひととき)を過ごした後、私の故郷である京都へ向かう。
着いてまず訪れたのは南禅寺、山門から小雨のけむる街並みを望み、
「絶景かな! 絶景かな!」と、胸を反らせる私の腕を取り、
「ねえヨコチン、あすこの藪の陰で・・・・・・」けっして色情狂ではないシンシアだが、初めて訪れる異国情緒に浮かれたのか、耳元で艶(いろ)っぽく囁(ささや)く。彼女の指差す藪を見ると、人間1人隠せない小ぶりな上、こっちは白い麻のスーツを着ているのだ。雨の中、そんなところへ横たわったら目も当てられない。
私がスーツの汚れを気にした理由は、もう1つある。その夜、Hと私もよく知っている彼の商売仲間Sが、我々2人を宮川町のお茶屋へ招待してくれていたのだ。ロサンゼルスに引っ越すまでは縁のない“芸者遊び”も、引っ越してから(帰国した時)何度か行く機会があった。しかし、アメリカ人の女性同伴は、さすが初めての体験である! (続く)
横 井 康 和