映画とハードウェア


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 たとえば、右の写真にある8ミリ映写機は現在もアメリカで出回っているが、まずはそれで映したいソフトウェア(8ミリ映画)が優先する。8ミリ映写機と限らず、映画観賞用のハードウェアすべてはソフトウェアあっての存在だ。新しいハードウェアが開発され、そこへソフトウェアも続いてくれなければ、どれだけその新製品は優れていようと消滅するしかない。

 映画が誕生して半世紀余りの短い歴史を振り返ると、家庭で映画を鑑賞できるようになったのは、つい最近のことである。無声(トーキー)時代からが入りカラーの時代へ至るまで、家庭観賞用のメディアといえば主流はいつも8ミリだった。それがビデオの登場で、すっかり変わってしまう。この変化は後に塩化ビニール盤のレコードがCDへ移る時より過激だ。

 ビデオそのものも当初はVHSBetaの競争がしばらく続き、結局、性能では優れているBetaがプロ用を残して一般市場から姿を消した。また、このアナログ時代に高性能のデジタルで売り出したレーザー・ディスクはそれなりの市場を獲得するいっぽう、Betaが敗れたソニーはビデオカムと平行してコンパクトな8mmへ力を入れ始める。

 ちなみに、この秋全米公開されたばかりの「レジェンド・オブ・メキシコ    日本でなぜこのタイトルをつけたのか知らないが原題はクエンティン・タランティーノの案で「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」をもじった「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・メキシコ    や一連の「スパイ・キッズ」を製作したロバート・ロドリゲスがまだ学生の頃、8mmビデオカムで映画を自作し始めたのは有名なエピソードだ(彼の登場がもう1世代前なら8ミリ映写機を使っていたことは間違いないだろう)。

 しかし、'90年代へ突入するや冷戦後の余禄で一般に開放されたインターネットコンピュータの急激な発達の相乗効果があらゆる分野へ及び、人々の生活様式は意識しようとしまいと加速度を増しながら変化してゆく。かつて、Windows 95の発売や今なら子供の玩具にも遅すぎる初代ペンティアムが一大センセーションを巻き起こす頃、本格的なデジタル時代の幕は開いた。それから8年経って携帯電話も持たないほうが珍しがられる現在、映画鑑賞はDVDが主流となり、新しい映画もインターネットから非合法なダウンロードは可能、ばかりかDVDやダウンロードで見たものが自分の好みと合わない場合は編集するソフトがいくらでも出回っている。

 メディアは多様化した結果、それぞれが互換性を持ち、昔のような心配は今後ますます少なくなってゆくだろう。たとえば、10年ほど遡(さかのぼ)ってDVDへ移行する以前に私が集めた映画400本余りのメディアは、6割ほどをBetaが占め、あと3割弱は8mm、残りがレーザー・ディスクとVHSだ。すべてのプレーヤーは     もちろん健在のはずが     数年以上を経た先日、ふとBetaのビデオを見ようとしたところテープはスタートしてくれない。

 そこで取り出そうとしたものの、ヘッドの囲りへテープがセットされた状態のままメカニズムは凍結状態、(コンピュータと違って固まったからと再起動すれば解決できるわけもなく)しかたなくプレーヤーを分解してテープが傷つかないよう取り出し、問題点を捜したわけだ。結局、数年以上使わっていないという以外の理由は考えられず、そうするとよく似たメカニズムを持つ8mmやVHSのプレーヤーが心配でテストをすれば、結果はBetaと同じであった。

 かといってハードウェアを修理に出してまで見たいわけでもなく、現在400本余りの映画が無用の長物と化し、生活空間の中で余計なスペースを占領している。その点、DVDへの過渡期に出回ったCDの映画などは、ディスクの容量が限られているため画面は小さく画質が悪くてほとんど見ることはないが、いざ見る場合のハードウェアは音楽CDやDVDと変わらず動かないという心配がなく、たとえ動かないとしても原因はせいぜい必要なソフトウェアがインストールされていないぐらいの些細な問題だ。

 また、最近はCD-RWのフォーマットが多様化し、人からもらったCD-RWを自分のコンピュータで見られないというようなケースもあり、こういった問題はやはりソフトウェアをインストールするだけで解決できる上、それらのソフトウェアのほとんどがインターネットからダウンロード出来ると思って間違いない。今後はますますコンピュータが家庭でのエンターテインメントに不可欠な位置を占めることだろう。そこへ他の家電を連結すれば、エンターテインメントばかりか生活空間のすべてはメインとなるコンピュータ1台でコントロールが可能だ。帰宅前に携帯電話から自宅のコンピュータを呼び出し、前もってエアコンのスイッチを入れたり、コーヒーや風呂を沸かしたりは、まだ普及していないだけで随分昔から実用化されている。

 家電が一体となったコンピュータのシステム化はさておき、映画を観賞するハードウェアで重要なのがスクリーンだ。昔ながらの8ミリ映写機やプロジェクターを除き、一般的なディスプレー(画像表示装置)にはブラウン管、液晶、プラズマなどがあり、最近はそこへ有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)という新顔が登場した。有機ELとは電気を利用してプラスチック類に代表される有機化合物を発光させることをいい、画像素子へ電流を流すと自ら発光する有機物を使い画像表示するのが有機ELディスプレーだ。

 特定の有機物に電流を流すと発光することは'60年代から確認されていたようだが、ディスプレーへの応用は'87年に米イーストマン・コダック社が明るく発光する技術を開発してから始まった。いっぽう、金属化合物を発光体とする無機ELのほうは、まだ実用化が進んでいない。現在実用化されている主だったディスプレーの性能を比較すると・・・・・・

ディスプレーの性能比較
種類薄型化消費電力応答速度寿命生産コスト
ブラウン管×
液晶
プラズマ××
有機EL×

 この表はあくまでも平均値であり、メーカー機種によってかなりの開きがあるのはもちろん、使用目的によっても違う。たとえば、ブラウン管と液晶の寿命を比べると液晶のほうが優れているとはいえ、使っているうちにある程度まで明度が落ちてから長持ちする液晶もけっこう多く、それをグラフィック・デザインなどで使用するなら実質的な寿命は明度が落ちるまでなので、むしろブラウン管より劣るわけだ。

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 その他、この表では「鮮明度」や「大型化」が省かれている。4機種の中で消費電力と生産コストは最悪で寿命もやや劣るプラズマが着実に伸びているのは、画像素子の1つ1つがネオン管のような構造上、鮮明度では群を抜いているからだ。そして、大型化という面でも優秀なプラズマと正反対なのが有機ELで、今のところは携帯電話端末デジタルカメラの表示画面用に1〜2インチ程度のディスプレーが実用化されたものの大型化の製造技術はまだ確立されていない(左の写真はパイオニアが開発したプラスチック基板を使った曲がる有機ELディスプレー)。

 大型化と寿命の克服が今後の課題である有機EL、昨年以来、経済産業省山形大城戸淳二教授を中心に開発プロジェクトへ本腰を入れ始め、2006年までに60インチの大型ディスプレー製造技術の確立と素子の寿命を10万時間まで延ばすことを目指しているようだ(液晶の寿命が最大6万時間)。他の国内電気メーカーでも「ポスト液晶」として薄型テレビの開発などを進めており、もうすぐベールを脱ぐ「ロングホーン」のコードネームで開発された新しいWindowsの次世代は、ディスプレーが有機ELの時代へ入っている可能性は少なくないと思う。

 2010年には2000年の倍で12兆円産業への成長が予測される「ディスプレー市場」、そのうち3分の1はデスクトップ・パソコン、あとの3分の1を2番目の中小型テレビと3番目のノート・パソコンが占め、現在は全世界で100億円程度に過ぎない有機ELディスプレーの市場規模も2.5〜5.7兆円規模まで拡大するであろうと見込まれている。

 それまでの7年間で果たしてコンピュータがどれだけ進化するのか想像はつかないが、Windows 95の発売当時と現在を比較すれば、相当スピードは早くなっていることだろう。そこへ、より進化したディスプレーが普及してくれるなら、映画を楽しむ側の立場としては大いに歓迎したいところだ。経済的な動機が何であれ、とりあえず経済産業省や城戸教授へ声援を送ろうではないか!

横 井 康 和      


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