マイクロソフトの攻防戦
Microsoft Office Web Appsここしばらく話題になっていたマイクロソフト社のウェブ・ブラウザで動作するオフィス・スィート・アプリケーション「Microsoft Office Web Apps」のプレビュー版が、先日(9月17日)とうとう限定公開されました。これはワード、エクセル、パワーポイントの軽量版となるもので、インターネット・エクスプローラ、ファイアーフォックス、サファリへ対応しており、招待状を受け取ったユーザーのみが17日より利用できます。
招待状は、Windows Live SkyDriveの一部利用者へ送付されていますが、今のところテクニカル・プレビューのため、まだ全機能を利用することは出来ません。今後、ユーザーからのフィードバックを受けた上で、さらに広く公開するベータ版を提供した後、来年(2010年)前半に正式版を公開するようです。
その後、ユーザーからのフィードバックを受けながら定期的にサービスをバージョンアップさせてゆくらしく、今回公開された英語版と日本語版の他、秋には他の言語が追加される予定です。なお、今回のテクニカル・プレビューの場合、Windows Live SkyDriveへ保存されたオフィス・ドキュメントをOffice Web Appsで開いて編集できるのは、前述のとおりワード、エクセル、パワーポイントの各ドキュメントで、今のところ対応していないワンノートも将来のリリースで追加されます。
すでにご存じだと思いますが、Office Web Appsはアプリケーション版のオフィスと酷似したユーザーインターフェイスを持ち(画像参照)、たとえばお馴染みのリボン・インターフェイスを同様に利用できます。その一方で、ウェブ・アプリケーションの特徴を活かし、複数のユーザーが同じドキュメントを同時編集できる上、片方のユーザーがインターネット・エクスプローラ、もう片方がファイアーフォックスを使用するなど、さまざまな環境で編集作業を行える設計です。
また、Windows Live SkyDriveを通じて提供されることから、写真や連絡先、カレンダー、ドキュメントをすべて同じ場所へ保存しておき、ドキュメントをOffice Web Appsで扱いながら、その他の写真共有やメール、カレンダー・サービスなどもWindows Liveがまとめて1箇所で提供できるメリットがあります。Office Web Apps正式版は2010年前半に3種類の方法で公開され、1番目がWindows Live SkyDriveユーザーに対して、2番目がオフィス2010ボリュームライセンス・ビジネスユーザーに対して、3番目がマイクロソフト・オンライン・サービスを通じての提供されるそうです。17日の段階で招待状を受け取っていないユーザーは、Office Web Appsベータ版の最新情報を入手するため、マイクロソフト社のウェブ・サイトでサインアップできます。
もっとも、マイクロソフト社が言うほど17日は特別な日でもなく、ここまでリリースを遅らせて、たっぷり時間をかけたにもかかわらず、今回のテクニカル・プレビュー版が機能的に完全ではないばかりか、ごく基本的な機能ですら欠けているものがあり、これは同社にとって危険事態だといえます。米グーグル社の他、ほとんど聞いたこともないような中小企業もウェブ・ベースのアプリケーション開発へ力を入れている現在、Office Web Appsは今後クラウド・コンピューティングの未来をかけたマイクロソフト社の戦いの糸口となるからです。
グーグル社その他の企業が開発しているアプリは、従来のオフィスより力不足に思えるかもしれませんが、Office Web Appsと比べるとクラウド・コンピューティング・モデルのニーズへ的確に応えた面もあるのは確かです。たとえばグーグルの場合、記憶容量を追加購入したり、Gメール、グーグル・カレンダー、グーグル・ドックなどのウェブ・アプリをオフラインで利用できます。いっぽうマイクロソフト社がとる路線には、従来型のデスクトップ・ソフトウェアやサーバー・ソフトウェアを得意とする同社の基本姿勢、および主力製品のウィンドウズとオフィスへの同社のスタンスがよく表われています。
そのスタンスは完全に保護主義的であり、一般ユーザーや企業ユーザーへ従来のオフィス製品からOffice Web Appsに乗り換えてほしいという意向は、まったくありません。つまり、Office Web Appsは従来型のオフィスの付加機能だという位置づけで、その狙いを確実に果たすため意図的な(Office Web Appsの)機能の制限をしているのです。グーグル社をはじめとする世界中のネット企業と次の大勝負へ向けて、ここに同社の戦略がはらむ大きな弱点が露わとなってきました。
何より問題なのは、マイクロソフト社がその戦いで勝利を収めるために必要な駒を、じつは持っているということです。もし、従来のオフィスの利用法へ沿うようOffice Web Appsを開発しておけば、他社のウェブ・アプリが足元にも及ばない圧倒的な製品となっていたはずで、ネット上でどれだけ支配的な力を持ったかは想像に難くありません。しかし、実際のところ今回のOffice Web Appsはオフィス機能の一部のみを備えた、冴えないサブセット版でした。Office Web Appsでドキュメントへ編集を加えても元の書式設定が維持され、これ自体はもちろん重要なことですが、オフィス2010の新機能などオフィスの目玉機能の多くは、デスクトップ版にしか搭載されていません。
長年にわたりオフィスへ次々と先進機能を取り入れてきたマイクロソフト社が、今後のバージョンで必要なのは、「どこでもオフィス」というお題目を本当の意味で実現することでしょう。ウィンドウズ・パソコンだけでなく、ウェブ・ブラウザやウィンドウズ・モバイル以外のモバイル機器でも妥当な範囲でオフィスを使えるようにしてほしいものです。今のままだとマイクロソフト社の攻防戦、まだまだ明るい未来が開けそうもないありませんから・・・・・・
余談ながら米経済誌「フォーブス誌」は先月末(9月30日)、米国の長者番付上位400人を発表し、それによるとマイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツが16年連続で1位となりました。推定資産額は前年より70億ドル(約6300億円)減少し、500億ドル(約4兆5000億円)だということです。70億ドル(約6300億円)もの資産を失くしておきながら、なお1位といえば、さすがゲイツですが、マイクロソフト社の流れはその彼がトップの座を退(しりぞ)いた時点で絶頂期は過ぎたように思われます。そして、マイクロソフト社が再び古き良き時代を迎えるのは難しそうですね!?