ブラウザ戦争
1位:インターネット・エクスプローラ8
かつて「ネットスケープ」が閲覧ソフト(ブラウザ)の代名詞であった時代は、いつの間にやら「インターネット・エクスプローラ(IE)」一色に塗り替えられ、ネットスケープもすっかり影が薄くなってしまいました。しかし、当たり前のような現在のIEの独占状況でさえ、もはや過渡期へと差し掛かっています。
まず、近年におけるブラウザ戦争でIEを打ち負かそうとがんばっているのはモジラ・ファウンデーションの「ファイアーフォックス」です。おかげで、IEの市場シェアがほぼ1年のうちに8パーセントも低下し、65.5パーセントまで落ち込みながら、ファイアーフォックスのプログラマーたちは意外な悩みと直面しています。というのも、彼らの成功が他の多くの競合ブラウザへ扉を開いた結果、自分たちはマイクロソフト社のプログラマーを意識したほうがいいのか、あるいは以前ご紹介したアップル社の「サファリ」や、やはりこのコラムでご紹介した「グーグル・クローム」、そして「オペラ」などのプログラマーをもっと意識すべきなのかが問題となってきたのです。
マイクロソフト社はマイクロソフト社で、どんどん競争力をつける他社のブラウザと対抗するため、米国時間で去年(2008年)の3月5日、IE8のベータ1を英語版のみで公開し、今月末(8月28日)にベータ2を英語版と日本語版の両方で公開します。それでもどんどん市場シェアが落ち込んでいるIEと比べ、ファイアフォックスの市場シェアは去年(2008年)7月から約3パーセント上昇し、22.5パーセントとなりました。米国時間の6月30日にファイアーフォックス3.5がリリースされたばかりで、さらなるシェア獲得を狙っています。
2位:ファイアーフォックス3.5
ただ、サファリとグーグル・クロームもこの1年で約2パーセントづつのシェアを獲得しており、それぞれ8.4パーセントと1.8パーセントまで伸びました。つまり、IEの代替品への需要が伸びていて、ファイアーフォックスでそれを賄(まかな)いきれていないことを意味します。いっぽう、オペラのシェアだけは0.7パーセントのまま変わりません。突き詰めると、この市場での無謀な闘いへ果敢に挑んでいるのはファイアーフォックスだけでなく、ファイアーフォックスのファンが考える敵か味方かという単純な対立の構図は、もっと複雑な多元方程式へ形を変えようとしているわけです。
まずIEに対する挑戦者が他にもいるということは、ファイアーフォックスを正当化する助けとなります。IEという囲いの中からさまよい出るという考えが、より正当性を増すからです。しかし、これらIEの代替ブラウザは、もっと違うブラウザを求めて冒険する一部の新規ユーザーを分散させる危険もあるわけですが、モジラはその点を楽観的に考えています。ファイアフォックス担当ディレクターのマイク・ベルツナー曰(いわ)く、
「われわれが最大の課題の1つと考えているのは、ウェブ・ブラウザに選択肢があり、その選択はどれほど大きな違いをもたらすかを人々が理解するのを手助けすることです。われわれにとってあらゆるリリースは、成長し続けるわれわれのユーザーへ直接進歩をもたらす機会であると同時に、マイクロソフト社へ同社の製品を改良するよう圧力をかけることで、間接的に多数のユーザーへ役立つ機会でもあります」
3位:サファリ4
ファイアフォックス3.5が公開されるまでの開発期間は比較的長かったといえます。当初、ファイアフォックス3.0の迅速で適度なアップグレードのつもりで開発が始められたものの、モジラのこのブラウザへの野望が膨らむと共にバージョン番号も増していきました。そしてファイアフォックス3.5は、競合ブラウザおよび新機能の両面で非常に重要なリリースとなったのです。数多くの改良点がある中で、いくつかはすぐわかるものですが、またいくつかは長期的なウェブのための内部的な改良であり、70の言語でリリースされているため多くの人々が試すことが出来ます。
表向きは出てこなくてもファイアフォックス3.5の機能へ直接貢献しているのが、「トレース・モンキー」と呼ばれる新しいエンジンです。このエンジンは一般的なJavaScript言語で書かれたウェブ・ページ・プログラムを実行し、「グーグル・ドック」のようなウェブ・アプリケーションが今すぐ高速化し、今後もJavaScriptの速度がより向上すれば、将来はますます洗練されたものになることを意味しています。
ユーザーが直接恩恵を被るもう1つの機能は「プライベート・ブラウジング・モード」でしょう。この機能を使うとユーザーのコンピュータ上からブラウザでアクセスした場所の痕跡が消し去られます。ふざけて「ポルノ・モード」とも呼ばれていますが、それだけではなく上司へ勤務中にやっていることを知られないようにしたり、バレンタンイン・デーのギフトを探したりする時、プレゼント相手へ操作の痕跡を隠すのにも役立つはずです。また、プライベート・ブラウジング機能ともう1つ、後から特定のサイトや最近の操作を消し去る機能があります。もっとも、こうしたオプションはいずれも訪問したサーバ上の痕跡まで消せないので、ご注意ください。
あと、モジラは「HTMLビデオ」にも刺激を受けていることが明白です。HTMLビデオは、アドビ社の「フラッシュ・プレーヤー」といったプラグインを使わず動画をウェブページへ埋め込めるだけでなく、その動画をウェブページ上のほかの要素と相互動作させることができます。これはファイル形式のサポートに関する厄介な問題が絡むため、短期間でウェブ上へ革命をもたらすことはなさそうですが、長期的に見ればウェブのため有効なはずです。
4位:グーグル・クローム3
ファイアフォックス3.5のさらに内部へは、オフライン時にウェブ・アプリケーションが動作できるよう、HTML5の「ストレージ機能」が加わりました。また、ウェブ・アプリケーションは「ウェブ・ワーカー」という機能を使ってユーザー・インターフェースの動作を停止させることなく、バックグラウンドで複数のタスクを実行することが可能です。より高度なグラフィックのためCSSやSVGなどの規格サポートも向上し、さらに位置情報機能で自分のいる場所をウェブ・サイトへ知らせることができるようになった結果、地図など地域関連サービスの利用で威力を発揮します。
こうした機能は全体として重要な基盤となりますが、ファイアフォックス3.5へ導入されただけでは第1段階にすぎません。いくらファイアフォックス・ユーザーが比較的早くアップデートを行う傾向といえど、ウェブ上ではまだまだ少数派であり、ウェブ・プログラマーが最新のブラウザ機能のサポートへ取りかかるのは、ふつうユーザーが十分な人数に達するまで待ってからなのです。
5位:オペラ10
そして、競合ブラウザも立ち止まってはいません。グーグル・クロームが立ち上がった去年(2008年)の9月当時、ブックマーク管理のような多くの重要な機能は欠けていましたが、グーグル社は迅速にこの製品を強化し、今年(2009年)の5月には荒削りながら「マックOS X」および「リナックス」バージョンも追加しました。とくにグーグル社はJavaScriptエンジン「V8」のさらなる高速化へ取り組み続けており、クロームの拡張機能メカニズムも急速に成熟してきています。
いっぽう、アップル社はこの6月、ウィンドウズ版とマックOS X版のサファリ4をリリースしました。サファリもウェブ・ページのレンダリングへクロームと同じ「ウェブ・キット」エンジンを主に使用していますが、JavaScriptへはアップル社が「ニトロ」、ウェブキットでは「スクワレルフィッシュ・エクストリーム」と呼ばれるエンジンを使っています。このサファリをアップル社は「最速のブラウザ」と謳っていたものの、後発のグーグルのほうが更に高速で、現在のブラウザ戦争はパフォーマンスが重大な課題であることを際立たせました。
もちろんファイアフォックスの開発者も自己満足に浸っているわけではなく、「ナモロコ」という開発コード名を持つファイアフォックス3.5の次世代バージョンでパフォーマンスの改善をもっとも優先しているようです。これは起動の高速化も含まれますが、この点では現在クロームが勝っています。ファイアフォックスの新バージョンは2010年初めから半ばのリリースが予定されており、いよいよブラウザ戦争も本格的な乱戦の時代へ突入してゆくのかもしれません。