映画と生存


 もともと脚本では死ぬはずのスターが、さまざまな理由から完成した映画では生存しているケースがハリウッド映画では少なくない。たとえば「スターウォーズ」のハン・ソロが好例だろう。脚本を手がけたローレンス・カスダンは本来、緊迫感を演出するため「ジェダイの帰還(1983年)」でソロへ死んでもらおうと真剣に思っていたらしい。だが、ジョージ・ルーカスはこのアイデアを気に入らなかった。玩具の売上が落ちることを危惧していたのだ。こうしてソロは生き延びた。ソロ役を演じているハリソン・フォード自らがABCのインタビューでこの件を認めている。

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「スターウォーズ」のハン・ソロ
 
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「フルメタル・ジャケット」のジェイムズ・T・デイヴィス

 スタンリー・キューブリックが「シャイニング(1980年)」以来、久々にメガホンを取った「フルメタル・ジャケット(1987年)」で、通称「ジョーカー」ことJ・T・デイヴィス役を演じたマシュー・モディーンは、キューブリック監督が彼を殺すつもりでいたことを明かしている。脚本では命を落とした彼だが、その場面は、けっきょく撮影されなかった。「脚本だとずっと死ぬことになっていたんだ。それがジョーカーの運命だったはずなのさ」とモディーンは証言しているのだ。

 「エイリアン(1979年)」の最後に1人だけ生き残るエレン・リプリーだが、SF専門の歴史家デイビッド・A・マッキンティーは自身の本の中で、リドリー・スコット監督が映画ラストでリプリーを殺すつもりだったと書いている。最初の構想ではリプリーはエイリアンに頭を食いちぎられるはずだった。そして、彼女の声を真似たエイリアンがノストロモ号から最後の通信を行ない幕となるという筋書きである。しかし、この展開は冥すぎると感じたプロデューサーが、死ぬのはリプリーではなく、エイリアンにすべきだと言い張ったという。こうしてシリーズ化された後もシガーニー・ウィーヴァーがリプリー役を続投している

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「エイリアン」のエレン・リプリー
 
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「ジョーズ」のマット・フーパー

 スティーヴン・スピルバーグのヒット作「ジョーズ(1975年)」でもリチャード・ドレイファス演じるマット・フーパーが命拾いをしている。映画ではサメの惨劇を生き延びた彼だが、ピーター・ベンチリーの原作では違う結末となっていた。サメの檻に入って海の中へ沈んだ彼は、ジョーズの餌食となってしまう。この原作でフーパーが非常に嫌な人間として描かれていたため、ドレイファスが出演を拒んだという経緯(エピソード)がある。そのため性格が変えらたのだ。

 「ランボー(1982年)」の原作である小説「一人だけの軍隊」だと、主人公のジョン・J・ランボーはティーズル署長との激戦が決着した後、自ら命を絶つ。実際そのシーンも撮影されていたのだが、シリーズ化の可能性を感じたシルベスター・スタローンによって、次の戦場へ向けて生かされることになった。

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「ランボー」のジョン・J・ランボー
 
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「ロッキー5/最後のドラマ」のロッキー・バルボア

 やはりスタローンのヒット・シリーズである「ロッキー」、その5作目「ロッキー5/最後のドラマ(1990年)」はシリーズの完結編となる予定であり、スタローン自身もそのつもりで脚本を書き上げた。そこでのロッキーは、ストリート・ファイトの最中に弟子のトミー・ガンの腕の中で死んでいる。しかし、撮影の段階で、アヴィルドセン監督は上から「ところでロッキーは死なんぞ」と伝えられた。バットマン然り、スーパーマン然り、ジェームズ・ボンド然り、ヒーローは死なないということらしい。そこで、フィラデルフィア美術館の階段を息子に手を引かれて駆け上がるロッキーという結末に書き直されたのである。

 「ジョーズ」から18年後、ステーヴン・スピルバーグがメガホンを取った「ジュラシック・パーク(1993年)」では、恐竜の襲撃から無事生還したイアン・マルカム博士だが、原作となったマイケル・クライトンの小説では最後に命を落とす。博士役のカリスマ溢れるジェフ・ゴールドブラムはスピルバーグ自らのキャスティングであったことから、共同で脚本を担当したクライトンが彼を生かすことにした。

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「ジュラシック・パーク」のイアン・マルカム博士
 
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「スクリーム」のデューイ・ライリー保安官代理

 低予算のB級映画ながら、予想外のヒットからシリーズ化されたのが「スクリーム(1995年)」だ。この1作目のオリジナル脚本だと、デューイ・ライリー保安官代理は刺されて死んでいる。しかし、ウェス・クレイヴン監督がこの役へデヴィッド・アークエットを起用したことで、脚本よりも若く、好ましい人物となった。監督は彼が惨たらしく殺されては観客が嫌がるだろうと考え、エンディングに彼が死ぬものと、生きるものの2つのバージョンを撮影し、死ぬバージョンではやはり試写会の反応が今いちだったため、デューイは生き延びることになり、その後の続編へも登場している。

 「リーサル・ウェポン・シリーズ」の2作目「炎の約束(1989年)」では、最後の銃撃戦で外交特権に守られた南アフリカ領事館のアージャン・ラッドが、メル・ギブソン演じるロサンゼルス市警のマーティン・リッグス部長刑事を背後から撃う。脚本家シェーン・ブラックの当初の構想では、彼をダニー・グローヴァー演じる相棒のロジャー・マータフ部長刑事の腕の中で死んでもらうつもりだったらしい。だが、続編を望んだプロデューサーによってリッグスは命拾いをしている。ただ、このことが原因でブラックは本シリーズの製作から去った。

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「リーサル・ウェポン2/炎の約束」のマーティン・リッグス
 
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「トゥルー・ロマンス」のクラレンス・ウォリー

 クエンティン・タランティーノの脚本で話題となった「トゥルー・ロマンス(1993年)」は、タランティーノ自身のコメントによると公開版が脚本と唯一違うのはエンディングらしい。映画だとクリスチャン・スレイター演じる主人公のクラレンス・ウォリーがパトリシア・アークエット演じるアラバマ・ホイットマンと金を持って逃げているが、脚本ではホイットマンだけが逃げてウォリーは死んでいる。だが、このカップルへ惚れ込んだ監督のトニー・スコットは、別離よりも幸せに生きる姿を見たくなったことからラストシーンが変更された。もしタランティーノが自ら監督していれば、脚本通りの展開となり、より冥い色彩を帯びただろう。もっとも、彼は変更された結末へ満足しており、「映画を観て、スコットが正しかったと判ったよ。彼はお伽噺みたいなラブストーリーをよく観ていたから、それが効いたんだね。でも僕の頭の中には、クラレンス(ウォリー)が死んで、アラバマ(ホイットマン)は生きる姿が浮かぶんだ。またアラバマを使うとしても、クラレンスは死んだままさ」と語っている。

 「猿の惑星/創世記(ジェネシス)(2011年)」でジェームズ・フランコが演じるウィル・ロッドマン博士は、最初の脚本だと猿のシーザーが森の奥へ消える直前にその腕の中で息絶える予定だった。じっさい、このシーンは撮影されていたが、より甘くほろ苦い結末と差し替えられ、ロッドマン博士は死なずに済んだ。ただ、続編の「猿の惑星/新世紀(ライジング)(2014年)」だとビデオ・シーンでしか登場しないため、どうやら猿インフルエンザで死んでしまったようだ。

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「猿の惑星/創世記(ジェネシス)」のウィル・ロッドマン
 
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「アイアンマン3」のハロルド・"ハッピー"・ホーガン

 一昨年のヒット作「アイアンマン3(2013年)」の絵コンテを見ると、スターク・インダストリーズの警備責任者ハロルド・"ハッピー"・ホーガンはハリウッド大通のチャイニーズ劇場での格闘戦で死ぬはずだったことが判る。しかし、公開された映画では気絶しただけで、最後に目を覚ます。なお、ホーガン役を演じるジョン・ファヴローはシリーズの1作目と2作目を監督しているが、自らの監督主演作「シェフ 三ツ星フードトラック始めました(2014年)」を作りたくて3作目の監督は降板した。

 死ぬはずだったスターが予定の変更で生存する映画は、他にもまだいろいろとあるが、今回はとりあえずこれぐらいにしておこう。

横 井 康 和      


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