映画と歴史(その2)


 数年前のこのコラムでお届けした「映画と歴史」では、映画で再現される歴史がいかに不正確で適当かを取り上げた。今回は、その続編である。前回、「ブレイブハート(1995年)」と「アポカリプト(2006年)」の2作で登場したメル・ギブソン、今回もまず彼から登場してもらおう(もちろん、彼のせいで歴史が不正確で適当なわけではない)。

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「パトリオット」
 ローランド・エメリッヒ監督作「パトリオット(2000年)」でギブソンが演じたのは、ベンジャミン・マーティンという独立戦争下のアメリカで愛する家族を守るため立ち上がり、やがて愛国心に目覚めてゆくかつての兵士だ。そのモデルとなったフランシス・マリオンが、じっさいはどういう人物かといえば、イギリスの新聞「ザ・タイムズ紙」が、「ギブソンの演じるキャラクターの基となったフランシス・マリオンは奴隷を所有する連続強姦魔であり、かつ娯楽でチェロキー・インディアンを殺害していた証拠がある」と書いている。

 いっぽう、映画の1シーンでイギリス軍は老若男女を閉じ込めた建物へ火をつけて焼き殺すのだが、実際そういう事実はなかったという。また、このシーンが創作というだけでなく、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツは同じようなことを行った。イギリス軍をナチのように描く映画が観客、中でもアメリカの独立戦争に詳しい観客から反感を買ったのは間違いないだろう。

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「ポカホンタス」
 続いてディズニー映画の「ポカホンタス(1995年)」も史実に基づいているはずが、そうとう怪しい。ポーハタン族の酋長の娘ポカホンタスとジョン・スミスの関係は、映画の中で描かれているようなロマンチックなものではなかった。2人が出会った時、ポカホンタスはまだ10歳なのだ。その後、彼女は父親と喧嘩をして自らの部族を捨て、イギリス人のジョン・ロルフと結婚する。

 スミスとポカホンタスが友人同士であったのは間違いないものの、そこまでの関係であった。いっぽう、ロルフとの結婚もイギリス軍がバージニアを植民地として得る利益とイギリス文化や教えをインディアンの文化と取って代わらせるため、ポカホンタスを改宗させる目的だったとロルフ自身が後に語っている。現実はディズニー映画の世界とまったく違うのだ。

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「グッドモーニング、ベトナム」
 時代が変わってベトナム戦争のドラマ「グッドモーニング、ベトナム(1987年)」は、故ロビン・ウィリアムズの主演でヒットしたのをご記憶の方もおられるだろう。ウィリアムズはこの映画でアカデミー主演男優賞へノミネートされている。そのモデルとなったのが実在のDJ、エイドリアン・クロンナウアで、彼は戦争に反対する自由主義者(リベラル)だった。

 だが、映画の内容は真実とほど遠く、クロンナウアを知る者の話だと脚本家がウィリアムズ自身のキャラクターへ合わせて物語を書いているということだ。実際のクロンナウアは、もっと左寄りだったらしい。それが映画ではかなりメローに描かれていた。クロンナウアの外観もウィリアムズ演じるキャラクターより相当過激である。
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「JFK」

 次に「JFK(1991年)」、言わずと知れたジョン・F・ケネディーのイニシャルであり、その暗殺がテーマの映画だ。物語はケネディー大統領暗殺の陰謀説と、ケビン・コスナー演じる事件を追う捜査官へ焦点が当てられている。そして、その陰謀説とはケネディー大統領暗殺の背後に軍、CIA、リンドン・ジョンソンがいて、彼らは事件の隠蔽を図ったというのものだった。

 しかし、その陰謀説を信じた人達がいるのは確かでも憶測の範疇を出ない。したがって、この映画がケネディー大統領の暗殺を巡る真実および、そこへ至る捜査状況を描いていると思うのは間違っている。じっさい、陰謀説にもいろいろあって、この映画と違う角度からケネディー兄弟と不仲だったFBIのジョン・エドガー・フーバー長官が中心となって陰謀を企てたという説や、リンカーン大統領同様、通貨発行権を米政府へ移そうとして暗殺されたという説など様々だ。

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「バルジ大作戦」
 更に時代を遡(さかのぼ)って、第2次世界大戦が舞台の「バジル大作戦(1965年)」は、1944年12月にドイツがアメリカ軍へしかけた作戦名「ラインの守り」大攻勢を描いている。ただ、当時のスペイン陸軍の装備を借りてロケしたため登場する戦車などは実際のドイツ軍と著しく違うものの、台数が非常に多く、最後の戦車部隊同士の決戦は映画として見もの(ドイツのティーガーU戦車の役をM47パットン戦車が、アメリカのM4中戦車の役をM24軽戦車が務めた)。

 いっぽうで雪の中の戦いであったはずなのに撮影地がスペインだったため、後半は砂漠のような地形(おそらくスペイン軍の演習地)となってしまっている。実際の戦史とかけ離れている部分も多く、隠居生活を送っていたアイゼンハワー元大統領が公式な抗議声明を出したほどだ。また、偶発的に発生した事件である「マルメディの虐殺」は計画的犯行のように描かれていた。
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「イングロリアス・バスターズ」

 やはり第2次世界大戦が舞台となった「イングロリアス・バスターズ(2009年)」の場合、脚本監督のクエンティン・タランティーノは意図的に歴史を無視している。この映画が歴史へ求めているのはたんなる背景であり、それが正確であるかどうか重要ではない。

 第二次世界大戦中のナチス占領下のフランス、5章に分けて語られる物語の中心となるのが、ナチス・ドイツ指導者の暗殺を企てる2人の主人公である。一方はクリストヅ・ヴァルツ演じるナチス親衛隊大佐に家族を皆殺しにされたメラニー・ロラン演じるユダヤ系フランス人の女性映画館館主であり、他方はユダヤ系アメリカ人からなる秘密部隊を率いるブラッド・ピット演じる米陸軍中尉だ。ナチスのプロパガンダ映画が披露される夜、映画館は炎上し、館主の復讐劇と男たちの戦いがクライマックスを迎える。結局、歴史へ忠実な映画は、それを書き換えた映画より素晴らしいということにはならないという好例だろう。

 こうして多くの例を見てみると、もしハリウッド映画から歴史を学べると思う方がいれば、それは危険ですよと改めて言いたい。どれだけインパクトのある映画であろうと、しょせんファンタジーの世界であり、ファンタジーの世界であるからこそ夢を抱けるのだ。夢と現実が一緒になるのは耄碌(もうろく)した老人だけでいいと思う。私の場合、そろそろその領域だが・・・・・・

横 井 康 和      


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