映画とストリッパー


 昔からハリウッドで石を投げれば俳優かミュージシャンに当たると言われてきたが、長年暮らしてわかることは、それがけっして誇張ではないことだ。その大半が、これまで俳優かミュージシャンとしての仕事にありついていないけれど、彼らのプロ意識だけは見習うべきものがある。

 たとえば、ハリウッドのレストランやバーで可愛いウェイトレスを見かけたら、「きみの本業は?」と聞いてみるといい。たいてい「女優よ」と答えるだろう。そして、ウェイトレスのアルバイトが終わった後は、本業のオーディションや演技のレッスンが待ち受けている。かといって、「今までどんな映画や舞台に出たの?」と聞くと、「あなたの知っているような作品へは出たことがないわ」・・・・・・つまり、女優としての実績や稼ぎはない。

 そういう自称俳優がハリウッドには全米から集まってくる。みんな他のアルバイトをしながらチャンスを狙い、その多くは挫折するのが普通だ。大工として生活を支えながら、とうとう俳優として成功したハリソン・フォードなどは、むしろ希なケースだろう。俳優として成功する以前、ストリッパーのアルバイトを経験している俳優だって、かなり多くいる。

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クリス・プラット
 ハリウッドで間違いなく成功した俳優の1人であるクリス・プラットだが、まだ18歳だった頃の彼は様々な仕事をするうち、独身者や誕生日パーティーでのストリップを始めた。あるインタビューに答えて、

 「僕自身、もともと裸が好きなタイプの人間なんだ。いつだって裸になるのが好きだった。とても自由な人間なんだよ。だから、たぶんそれでお金を稼げるんじゃないかと考えたわけさ」

 残念ながら、プラットはストリップ1回の仕事で40ドル(約4,200円)以上稼いだことがなく、そのうちの一つは友人の祖母の誕生日パーティーだった。そしてストリップ・クラブのオーディションも落ちた結果、短命のキャリアが終止符を打ったのである。

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レディー・ガガ
 レディー・ガガが、まだニューヨーク市の下町のクラブで歌っていた頃、彼女はストリッパーを兼業していた。いわゆる「バーレスク・ダンサー(有名な作品のスタイルや精神を面白おかしくエンターテインメントするダンサー)」であり、彼女が全裸になることはなかったものの、その衣装がセクシーすぎて父親の反対を受ける。当時を振り返った彼女は、

 「ウェイトレスよりもストリッパーのほうがお金を稼げたわ。あまり見せないバーレスク・ダンサーだったけれど、私の家族はヨーロッパ人なので大事だった。いくら私がどうってことはないと思っていても、父の考えが違ったのよ」

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ブラッド・ピット
 あのブラッド・ピットもまた、俳優として成功する前は「ダンシング・ベアーズ」という7人のストリップ・グループの一員だった。学生仲間が結成したストリップ・グループではあるが、グループの一人トーマス・ウェリハンによると、とても楽しかったという。

 「姉妹校の女子学生の一人が21歳の誕生日を迎えた時、われわれベアーズは彼女を椅子に座らせて、全員が枕カバーを被ったまま裸で登場し、彼女のための振り付けダンスをしたんだ。女の子たちは全員、笑い転げていたよ。それは素晴らしかった!」そうだ。

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アンバー・ローズ
 アンバー・ローズがストリッパーであったことは、よく知られている。性差別へ定期的に抗議することで力を与えられていると気づき、モデルへ転向して今やソーシャル・メディアのスターとなった彼女が、まだパリという名前のストリッパーだった頃を思い出し、

 「(人生で)最高の時期だったわね。(ポールダンスの)ポールが懐かしい。私の糞ハウス(ストリップ小屋)のポール。ステージへ上がる前にいつも酔っ払い、それはほんの一瞬の出来事だったのよ」と語っている。

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チャニング・テイタム
 チャニング・テイタムが「マジック・マイク」役へキャスティングされたのは、その肉体美だけが理由ではない。プロのストリッパーとして複数の経験を持っていたことが、実際に選ばれた理由なのだ。19歳で南フロリダ大学を中退後、テイタムはプロ・ストリッパーの世界へ入った。

 '90年代後半に1〜2回「ストリッピング会議」へ参加するほどでしたが、俳優業ほど深入りすることはなかった。ちなみに、ストリッパーとして稼ぎが良かった晩で150ドル(約15,750円)、悪いとその半額か半額以下だったらしい。

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アンナ・ニコル・スミス
 アンナ・ニコル・スミスがプレイボーイ誌でポーズをとる前、彼女はストリッパーだった。レッドロブスター・レストランでウェイトレスとして働くことにうんざりしていたスミスが、生後6ケ月の息子ダニエルをサポートするため選んだ道だ。

 その結果、彼女はヒューストンのエグゼクティブ・スイートというクラブでストリッパーの仕事を始める。ただ、娘の新しい仕事へ反対だった彼女の母親によると、スミスはウェイトレスよりストリッパーの仕事のほうが好きだっただけだという。

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ハビエル・バルデム
 まだ駆け出しの俳優で苦労していたハビエル・バルデムは、ストリッパーへ挑戦してみることにした。しかし、ストリッパーとしての才能がなかった彼は、たった1日しか持たなかったようだ。それも、客が入らないことを危惧した彼は、母親と妹を自分のストリップ・ショーへ連れていっている。後日、インタビューで、

 「最初、何人かの友人のため、冗談としてやったんだ。しかし、バーにいた男が俺を見つけ、翌日雇ってくれたのさ。ただ、母と妹から元気づけてもらう必要があった」と、そのショーにまつわるエピソードを打ち明けている。

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コートニー・ラブ
 コートニー・ラブは、ストリッパーとしての彼女のキャリアを利用し、彼女のバンド「ホール」を立ち上げた。当人いわく、「当時の私にとって、1日300ドル(約31,500円)は大きかったわ。そして、稼いだ5ドル(約525円)ごとにストリッパー割引があったので、その一部をエリック・アーランドソン(ホールのギターリスト)へ渡し、それでバンを購入して活動できたのよ」

 以上8人の例を見ただけでもおわかりのとおり、アメリカのストリッパーは男女、プロ、アマを問わず、日本のストリッパーとだいぶイメージが違う。当然ながらストリップをやるクラブの客層は、上品な紳士淑女のクラブと比べて質が落ちる。その点はアメリカも日本と変わらない。だがハリウッドの場合、そのタフな環境でストリッパーを経験することで、後の俳優業へは役立つようだ。

 もともと脱ぐのが好きな性格もしかりで、ストリッパーを見下したり恥ずかしいと思う人間は、ハリウッドを目指さないほうがいい。良し悪しは別として、邦画界に大部屋制度があった頃の女優は、今よりインターナショナルな(つまり世界へ通じる)側面があった。男優なら、なぜ今の邦画界から三船敏郎のようなスターを期待できないか? 監督なら、なぜ今の邦画界から黒澤明や小津安二郎や溝口健二のようなハリウッドで映画クラスの教則本に取り上げられるマスターを期待できないのか?

 一人の映画ファンとして、ぜひそのあたりを考えていただきたいと願う!

横 井 康 和      


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