映画とハッピーエンド
ハリウッド映画の特徴の1つは「ハッピーエンド」だ。もちろん、すべてのハリウッド映画がハッピーエンドではないが、ヨーロッパや日本を含めた東南アジアの映画と比べた場合、それは顕著である。ただし、何がハッピーエンド、つまり幸福な終わり方なのかといえば、これは難しい。同じハッピーエンドでも、まず主観的なものと客観的なものとがあり、ハッピーなのは観客か映画の中の世界かで随分ニュアンスが違う。
「タイタニック」
必ずしも主観と客観は一致せず、喜劇が演じる人間にとって悲劇であるごとく、劇中(客観)の不幸が観客(主観)へハッピーな気分をもたらすエンディングや、その逆だってあり得る。そして、後者のように劇中ではいくらハッピーでも観客が寂しく感じるエンディングを、ハッピーエンドとは呼びがたい。つまり、観客の主観がハッピーエンドの決め手というわけだ。
たとえば、ハリウッド史上最高の興行収益を記録する「タイタニック(1997年)」は基本的に悲劇でありながら、見終わった観客が受ける印象はハッピーエンドといえよう。邦画でもいま日本で上映中の「男たちの大和/YAMATO」が、よく似ている。昔のチャップリン映画に代表される単純なパターンからそれらの込み入ったパターンまで、ともかくハリウッド映画はハッピーエンドが多く、そもそも私の映画好きは、こうしたハッピーエンドのハリウッド映画が大きく影響してきた。
「男たちの大和/YAMATO」
そのせいか冥(くら)い映画はどうも苦手であり、中学生の頃から(一連の「仁義なき戦い」などを除いて)ほとんど邦画を見なくなったのも、なぜだか邦画が冥いという先入観を持っていたせいだ。この状況は30年前にロサンゼルスへ引っ越すまで続く。それが「映画と世界(下)」で登場する友人レオナルド(レン)・シュレイダーの影響で、改めて溝口健二や山田洋二の映画を見るようになる。そうすると、山田の「寅さんシリーズ」はもとより、溝口の世界も意外とハッピーエンドが多い。
「祇園囃子(1953年)」の場合、小暮実千代演じる祇園ではちょっと名の知れた芸妓のもとへ、若尾文子演じる母を亡くしたばかりの少女が舞妓志願にやって来るところから物語は始まる。色と欲の皮の突っ張った男たちの中で、逆境に耐えながら、絆を深めてゆく2人の女性・・・・・・溝口得意のパターンだ。
「祇園囃子」
また、溝口や山田の世界とは別に、黒澤明なども改めて見直すと「七人の侍(1954年)」ばかりでなく、「羅生門(1950年)」や「スターウォーズ(1977年)」が誕生するきっかけとなった「隠し砦の三悪人(1958年)」は典型的なハッピーエンドである。ただ、同時期の黒澤作でも原爆反対を謳った「生き物の記録(1955年)」などは、かなり冥(くら)く、晩年の「影武者(1980年)」や「夢(1990年)」で、それ(プロテスタントや芸術性の追求)がますますエスカレートしてゆく。
「影武者」はカンヌ映画祭で「オール・ザット・ジャズ(1980年)」と並んでパルム・ドールに輝いたが、なぜ芸術性を追求すると邦画は冥(くら)くなってしまうのだろう? 先の「祇園囃子」からちょうど10年後、やはり若尾が主演した「越前竹人形(1963年)」は、冒頭の「芸術祭参加作品」の一言で悪い予感がし、じっさい見てみると、やはり冥(くら)さの極みである。
「越前竹人形」
この傾向は日本ばかりかと思っていれば、そうとも限らないのがごく最近のハリウッドだ。「タイタニック」以降のアカデミー作品賞受賞作をみると「恋に落ちたシェークスピア(1998年)」、「アメリカン・ビューティー(1999年)」、「グラディエータ(2000年)」、「ビューティフル・マインド(2001年)」、「シカゴ(2002年)」、「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還(2003年)」と続き、去年「アビエイター(2004年」が「ミリオン・ダラー・ベイビー(2004年)」に敗れたあたりで冥(くら)さが漂い始めた。
今年も「ブロークバック・マウンテン(2005年)」が再有力候補と聞けば、なんとなく憂欝な気分になる。ハッピーエンドではないが(そして、監督は「ミリオンダラー・・・」の脚本を書いたのポール・ハギスでも)せめて「クラッシュ(2005年)」あたりがオスカーを取ってほしい。とにかく、ハッピーエンド好きの私としては、いくら「ブロークバック・・・」が素晴らしい作品であることはわかっていても、今年の作品賞から外れるとオスカーの将来へ希望を持てて嬉しいのだが・・・・・・
「ブロークバック・マウンテン」
結局、これまで作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞のオスカー主要5部門を制覇した「或る夜の出来事(1934年)」、「カッコーの巣の上で(1975年)」、「羊たちの沈黙(1991年)」の3作品よりは、これまで11部門でオスカーを獲得した「ベンハー(1959年)」、「タイタニック」、「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」の3作品のほうが私の好みに合っているらしい!?
横 井 康 和